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コラム

企業と生物多様性:この生きものに注目(その4)ヒトという名の絶滅危惧種本多清のいまさら聞けない、「企業と生物多様性」

身の周りの身近な生きものたちの顔ぶれや暮らしぶりを知ると、「生物多様性」への垣根はうんと低くなります。最終回では、田園や里山の自然におけるヒトという存在について考えてみましょう。

自然界で一番大切なイキモノは、じつはヒトなのです

日本の自然界で一番大切な生きものを1種類だけ挙げなさい、と問われたら、私は迷わず「それはヒトです」と答えるでしょう。道徳上の倫理観からではなく、純粋に生物学的な観点からの答えです。もちろん、ヒトはヒトだけで生きていけるわけではありません。食べ物や住まい、そして衣類に至るまで、ヒトは生活のほとんど全てを他の生物の命に依存して暮らしています。言うまでもなく、「ヒトは自然界の他の生物によって生かされている」のです。しかし一方では、ヒトが多くの生きものたちの暮らしを支えてきたことも、また事実なのです。

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稲刈り作業の際に飛び出してくるカエルを
目当てに群がる渡り鳥のチュウサギ(滋賀県高島市)

そこで今回はひとつだけ、生物学の専門用語を憶えていただきたいと思います。それは「キーストーン種」という言葉です。キーストーンとは、ヨーロッパの教会やお城のような建築構造物において、周囲の建材が崩れないように締める役割をもった「要石(かなめいし)」のことです。日本でいうなら「大黒柱」の意味に近いでしょう。つまり、それがないと構造物全体がばらばらに崩壊してしまう、とても重要な存在を意味します。キーストーン種とは、生態系の中で要石の役割を果たす重要な生物種のことを指します。

キーストーン種は、たとえ相対的には小さな生物量であっても、属する生態系全体のバランスを保つ役割を果たし、決定的な影響力を持っているため、その生きものが失われると地域の生態系が大きく損なわれてしまいます。

たとえば、北米太平洋沿岸のケルプ帯(コンブ類)とラッコの問題が有名です。毛皮を目的に人間がラッコを乱獲して激減させた結果、ラッコの餌生物であるウニが大量に発生し、ウニによってケルプが食い荒らされてしまいました。そのため、ケルプ帯を生息場としていた多様な生物群集が打撃を受け、豊かなケルプの海は荒廃し、沿岸全域の生態系が大きく損なわれてしまいました。

キーストーン種の持つ役割にも様々あり、上記のラッコや、オオカミのように他の生物の生息密度の調整に貢献する「捕食者タイプ」もいれば、ダムを作るビーバーや、樹洞(じゅどう)をこしらえるキツツキのように他の生物にとって重要な生息環境を作り出す「技術者タイプ」などもいます。ただし生態系は生物間の複雑な相互作用によって成り立っているため、キーストーン種を事前に特定することは難しく、その種が失われてはじめてその存在の重要性が分かるということも多いのです。

ヒトが支えてきた生態系のバランス

前回までのコラムで、サシバやトキ、そしてミゾゴイといった里山の絶滅危惧種の鳥の話と、それらの捕食者となるオオタカの話、そのオオタカのライバルであるノスリの話などをご紹介してきました。

サシバはヒトが耕作する水田のカエルに命の糧を得ています。トキやミゾゴイにとっても、水田が育む様々な生きものたちは大切な食べ物です。一方で、山村集落が過疎高齢化して耕作放棄地が増えると、希少な鳥の脅威となるオオタカが住みやすい環境条件が増加する可能性もあります。そのオオタカにとって厄介なライバルとなるノスリは、ヒトが耕す田畑の野ネズミやモグラを命の糧にしています。こうしてみると、ヒトが田畑を耕す営みが、生態系のバランスを保つうえで欠かせないものであることが分かります。

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郷土の誇りのササニシキを無農薬の
有機農法で復活させ、収穫を喜ぶ農家(宮城県南三陸町)

そして今、環境省が定める生物多様性国家戦略には、日本の生物多様性が直面する危機の一つに、自然への人為的な働きかけの減退があげられています。里地里山など、人が暮らしを営むことで生み出されてきた生態系においては、まさにヒトこそがキーストーン種であったことが、今になって明らかになってきたのです。

そのキーストーン種であるヒトの自然への働きかけが減退している結果、日本の生物多様性が危機に陥っているのです。なぜかというと、里地里山の生態系において「ヒトが絶滅危惧種」になっているからです。

ヒトを守るために企業は何をするべきか

人間は生態系の外にいるわけではなく、あるときは食物連鎖の頂点に立つ捕食者であり、あるときは技術者系のキーストーン種であり、またあるときは破壊的な影響をもたらす侵略者にもなりえます。ここで言う「キーストーン種としてのヒト」とは、農山村で暮らしを営み、主に農林水産業やその関連産業に従事している地域住民のことを指します。そして一方の「破壊的な侵略者としての人間」は、過去の多くの場合、企業関係者でした。もちろん現在ではそのような破壊的な侵略行為は、法的にも倫理的にも行われにくい時代になりつつあります。

しかし、破壊的な侵略行為さえしなければ、企業は社会的責任を果たせるのでしょうか。いまや多くの地域で「ヒトという名の絶滅危惧種」は、自らの集団を維持し、次世代を育む力をすっかり失ってしまっているのが現状です。極度に過疎高齢化した限界集落の多くは、あと10年もすれば無人の廃村となってしまうでしょう。そして、近い将来に同様の過疎高齢化を迎えそうな危機を抱えた地域は、日本の農山村に幾数多とあります。この農山村の地域社会を守れずして、日本の生物多様性は決して守ることができないのです。

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四万十川の伝統漁法の「火ぶり漁」で捕えたアユを
網から外して分け合う林業家たち(高知県四万十町)

いま、日本の生物多様性を守るために、企業は何をするべきでしょうか。一部の企業では、自社工場などの事業敷地内で地域の生物多様性を守り育むための模索を始めています。それ自体はとても素晴らしいことなのですが、それだけでは地域の生態系を守ることはできません。国土の地目別利用状況(平成20年版)を見ると、森林が67.1%、農用地が12.5%であるのに対し、工場用地は僅か0.4%でしかないのです。この小さな器の中のみで企業がどんなに努力してもごく限られた効果しか期待できませんし、敷地内だけでの自己完結型の取り組みではすぐに行き詰ってしまうでしょう。

ではどうしたらいいのでしょうか。工場敷地の外に出て周辺を眺めてみると、多くの場合、田園や里山が広がっているのが見えます。企業が生物多様性を守るためのステージは、目の前に無限に広がっているのです。日本政府もこの点を非常に重視しています。企業をはじめ様々な立場の人が、互いに連携して地域の生物多様性の保全に取り組む活動を促進するために「生物多様性地域連携促進法」が誕生しました。環境省・農林水産省・国土交通省の3省が共同所管となり、2011年 の秋に施行されています。

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様々な立場の人々が協働で田園の多様な価値を
可視化する「田んぼの生きもの調査」(滋賀県高島市)

これは各地域の自治体を窓口とし、企業を含む多様な主体が生物多様性の保全活動計画を提案すると共に、活動主体として協議会に参加できる体制を支援する法律です。企業にはビジネスモデルの構築や社会貢献面でのCSR活動 の展開が期待されています。なぜなら、農山村の活性化には農林産物の生産のみならず、多様な関係者による「地域の価値の再構築」が不可欠とされているからです。

その具体的な取り組みメニューの枠組みとしては、以下の3項目が大きな柱になるでしょう。

  1. 持続可能な「儲かる農林水産業」の構築と六次産業化:即ち、未来を担う次世代の若者が地域で結婚し子育てをできる産業を育成すること。
  2. 農山村の「多面的な価値」の再構築と共有化:即ち、伝統文化や自然の恵みなど、地域の豊かや楽しさをみんなで見つけて守り育むこと。
  3. 多様化した住民や新たな関係者による「農山村機能の維持管理」への参画:即ち、様々な立場の人々が協働で田園や里山を維持管理すること。

将来にわたって生態系全体のバランスを保っていくには、「それぞれの地域生態系(生物多様性)の一員としての企業」という視点をもつことが大切です。生態系の循環と連鎖の中に、企業の社会的責任や事業戦略、そして経営方針などを位置づけることで、どのような役割を果たすべきかが見えてくるのではないかと思います。

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執筆者プロフィール
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株式会社アミタ持続可能経済研究所
主任研究員
本多 清(ほんだ きよし)

環境ジャーナリスト(ペンネーム/多田実)を経て現職。自然再生事業、農林水産業の持続的展開、野生動物の保全等を専門とする。外来生物法の施行検討作業への参画や、CSR活動支援、生物多様性保全型農業、稀少生物の保全に関する調査・技術支援・コンサルティング等の実績を持つ。著書に『境界線上の動物たち』(小学館)

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