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コラム

株式会社モンベル|代表取締役会長 辰野勇氏 シリーズ「経営者が語る創業イノベーション」インタビュー(第一回)経営者が語る創業イノベーション

montbell_hedder.png創業者は、社会の課題解決のため、また、人々のより豊かな幸せを願って起業しました。その後、今日までその企業が存続・発展しているとすれば、それは、不易流行を考え抜きながら、今日よく言われるイノベーションの実践の積み重ねがあったからこそ、と考えます。

昨今、社会構造は複雑化し、人々の価値観が変化するなか、20世紀型資本主義の在りようでは、今後、社会が持続的に発展することは困難であると多くの人が思い始めています。企業が、今後の人々の幸せや豊かさのために何ができるか、を考える時、いまいちど創業の精神に立ち返ることで、進むべき指針が見えてくるのでは、と考えました。

社会課題にチャレンジしておられる企業経営者の方々に、創業の精神に立ち返りつつ、経営者としての生きざまと思想に触れながらお話を伺い、これからの社会における企業の使命と可能性について考える場にしていただければ幸いです。

(公益社団法人日本フィランソロピー協会理事長 高橋陽子)

株式会社モンベル「経営者が語る創業イノベーション」インタビュー
第1回 第2回 第3回 第4回

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16歳の決断、アイガー北壁登攀(とうはん)と28歳の起業

高橋:本日は、お忙しいところをありがとうございます。
辰野さんは山一筋の青春を過ごされ、若くしてアウトドア商品のビジネスを創業されました。その起点となったのが、16歳の高校一年のとき。ふたつの決意があったそうですね。

辰野氏:ひとつは、国語の授業で、ヨーロッパアルプスの三大北壁の一つアイガー北壁登攀の話、ハインリッヒ・ハラ―の「白い蜘蛛」を読み、感動して「最初の日本人として登ってやろう」と大それた志をたてたことです。

高橋:その志を実現させたのは?

辰野氏:21歳でした。日本人初とはいかなかったけれど、当時としては最年少記録。21時間という最短記録で達成しましたが、その頂上は、小さなテーブルくらいの大きさでした。登る最中があまりに辛かったので、いっしょに登った仲間と「このあとはゆっくりしよう」と話したのに、頂上の向こうにマッターホルンが見えた途端、顔を見合わせて「次はあそこだ!」。

高橋:そして、16歳の決意にはもうひとつ。

辰野氏:28歳になったら独立して、好きな山に関係した仕事を始めること。
やりたいことがはっきりしていたので、高校を卒業するとスポーツ用品店に勤めたり、繊維商社に勤めたりしましたが、28歳の誕生日と同時にモンベルを設立しました。

失敗でなく「不都合」という考え方

高橋:一番好きなことをビジネスにされて、以来40年、さまざまな転機で決断しながらモンベルを築いていらした。

montbell1_1.jpg辰野氏:いまちょうど展示会の最中ですが、そこには外国の出展者も参加しています。小さな会社だけれど、山登りが好きで会社をはじめて頑張っている人たちです。ぼくの随所でしてきた決断の話をすると、「そうやって決断をしてきて、いままでに失敗したと思ったことはないんですか?」といわれました。
そういう質問には、「Do not regret. Just do it.」 後悔なんかしないで、やればいい。ぼくは、失敗という概念を持っていません。失敗と考えると、そこで終わってしまうけれど、継続している限り失敗ではない。英語でいうと、「It is not a failure but it is just inconvenient.」

画像説明:「Do not regret. Just do it」

高橋:失敗ではなく「不都合」。面白い考え方ですね。

辰野氏:この先、この不都合をどうしたらいいかと考え、修復しながら歩き続ける。山登りでは、瞬時に判断しないと。

高橋:迷っていると遭難してしまうかもしれない。

辰野氏:感性というかにおいみたいなものがあって、この瞬間に何を、どっちを選ぶか、理屈じゃなくて身体が選んでいく。

高橋:娘さんに「お父さんは脊椎でものを考える」といわれた所以ですね。その感性や瞬時の判断は、ビジネスにも役立っていますか?

辰野氏:例えば、仕事の局面でどっちを選ぶかといったことがありますね。社員が「会長、こうじゃないかな」といったときに、「ちょっと、すわりが悪いな」と直感的に感じる。
商品作りでもそうで、基本は、「function is beauty.」。機能を追求するところに美しさがあります。すわりのいい決断は、一番機能的。さまざまな要素で自分の思いが曲げられるのは、すわりが悪い。

山登りで見えた「一番大事なもの」とは

montbell1_2.jpg高橋:辰野さんにとって「すわりのいい」決断とは?

辰野氏:自分に一番コンフォタブルな決断です。「心地よい」といっても、楽だからということではなくて、「それでもこれを選ぶ」という自分にとっての判断基準。因習的なしがらみのなかで成功してきた人たちなど、その基準は、それぞれ違っていると思うけれど、ぼくの場合はシンプル。木の幹の部分を見ていく。そういう志向性が、いつのまにか生まれた。

画像説明:「ぼくにとっての幸せ感を共有する人たちが、集まってきている」

高橋:山登りの経験で培われたものでしょうか。

辰野氏:山登りで「生き死に」をかけた瞬間に、最後に一番大事なものは何か、ということをいやというほど見てきました。それは「いのちより大事なものはない」ということ。生き死にさえキチッとするならば、少々の軋轢、問題はたいしたことがないと思える。そんな原体験があります。

そこで見えたものをさらに繰り返し考えていくと、最後に残った結論が、「なんのために生きるのか」。一番大事なのは、ただ生きるだけではなく、「幸せに生きること」だと。まさに、フィランソロピーの考え方です。みんな、そのために努力している。

高橋:堂々と「社長が一番幸せな会社」とおっしゃっていますが、それはひとりじゃなく、みんなも幸せ、まわりも幸せというところに立脚していらっしゃる。

辰野氏:自分が幸せでなくては、ほかの人を幸せにはできません。人によって幸せ感が違うので、すべての人を幸せにはできないけれど、少なくとも、山登りを通して得たぼくにとっての価値観、幸せ感があります。それを共有したい人たちが、社員をはじめまわりに集まってきている。

「アウトドア義援隊」の再開を決断

高橋:そうした経験やつながりがあって、震災における「アウトドア義援隊」の活動も生まれたのですね。
1995年の阪神大震災のとき、自社の寝袋やテントを配り、アウトドア関連の人や企業・団体に呼びかけて「アウトドア義援隊」を結成、救援活動に奔走されました。その「義援隊」が、16年後の2011年の東日本大震災でも、即座に結成されました。

辰野氏:翌日の3月12日に「アウトドア義援隊」の再開を決めて、二人の社員を先遣隊として現地に派遣しました。
実はその日に、何百人も入る大きな会場で講演を頼まれていました。それを、申し訳ないが行けないと、お断りしました。ずいぶん迷惑をかけたと思います。それでも、いまそこで「いのち」をつなごうとしている人たちがいる。この瞬間に何を選ぶかといえば、被災地に行くしかない。そう決断しました。

※東日本大震災における「アウトドア義援隊」の活動
2011年3月11日の地震発生直後から「人・モノ・金」の寄付を募り、寝袋、テント、防寒着、食料や燃料など、物資を集めて届ける活動を展開。続いて泥出し清掃や河川敷のがれき撤去なども実施。その後は、被災した子どもや家族を支援する復興共生住宅「手のひらに太陽の家プロジェクト」に協力するなど生活再建のサポートを続けている。

(つづく)

話し手プロフィール

montbell_mr.tatsuno.jpg辰野 勇(たつの いさむ)氏
株式会社モンベル
代表取締役会長

1947年大阪府堺市に生まれる。少年時代、ハインリッヒ・ハラーのアイガー北壁登攀記「白い蜘蛛」に感銘を受け、以来山一筋の青春を過ごす。同時に将来登山に関連したビジネスを興す夢を抱く。1969年には、アイガー北壁日本人第二登を果たすなど、名実ともに日本のトップクライマーとなり、1970年には日本初のクライミングスクールを開校する。そして、1975年の28歳の誕生日に登山用品メーカー、株式会社モンベルを設立し、少年時代からの夢を実現する。またこの頃から、カヌーやカヤックにも熱中し、第3回関西ワイルドウォーター大会で優勝する。以降、黒部川源流部から河口までをカヤックで初下降、ネパール、北米グランドキャニオン、ユーコン、中米コスタリカなど世界中の川に足跡を残す。
一方、1991年、日本で初めての身障者カヌー大会「パラマウント・チャレンジカヌー」をスタートさせるなど、社会活動にも力を注いできた。近年では、びわこ成蹊スポーツ大学客員教授、文部科学省独立行政法人評価委員会など、野外教育の分野においても活動する。
2011年に発生した東日本大震災では、阪神淡路大震災以来の「アウトドア義援隊」を組織し、アウトドアでの経験をいかした災害支援活動を自ら被災地で陣頭指揮する。

趣味は、登山、クライミング、カヤック、テレマークスキー、横笛演奏、絵画、陶芸、茶道。

主な編・著書

聞き手プロフィール

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高橋 陽子 (たかはし ようこ)
公益社団法人日本フィランソロピー協会
理事長

岡山県生まれ。1973年津田塾大学学芸学部国際関係学科卒業。高等学校英語講師を経て、上智大学カウンセリング研究所専門カウンセラー養成課程修了、専門カウンセラーの認定を受ける。その後、心理カウンセラーとして生徒・教師・父母のカウンセリングに従事する。1991年より社団法人日本フィランソロピー協会に入職。事務局長・常務理事を経て、2001年6月より理事長。主に、企業の社会貢献を中心としたCSRの推進に従事。NPOや行政との協働事業の提案や、各セクター間の橋渡しをおこない、「民間の果たす公益」の促進に寄与することを目指している。

主な編・著書

  • 『フィランソロピー入門』(海南書房)(1997年)
  • 『60歳からのいきいきボランティア入門』(日本加除出版)(1999年)
  • 『社会貢献へようこそ』(求龍堂)(2005年)

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