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脱炭素移行戦略を実現する「トランジション・ファイナンス」とは?(第11回)

パリ協定の目標を達成し、脱炭素社会を実現するためには、2040年までに世界累計で約7,370兆円規模の投資額が必要とされています※。本コラムでは、脱炭素の実現において不可欠とされる金融からのアプローチである「トランジション・ファイナンス」について、循環型ビジネスの実現のためにどのように活用していくべきかを解説します。

※IEA World Energy Outlook 2020より算出

トランジション・ファイナンスとは何か

カーボンニュートラルの実現は、国や業種の特性により、多様な経路が想定され、決して一足飛びには成しえません。燃料転換・省エネ技術・高効率発電の設備等を活用した”トランジション段階”を経て、長期的・戦略的に取り組むことが必要です。
そこで、資金調達というテーマが重要になってきます。トランジション・ファイナンスとは、そのような着実なGHG削減の取り組みを行う企業に対し、その取り組みを支援することを目的とした新しいファイナンス手法です。

サステナビリティを意識した資金調達商品として、グリーンボンド/サステナビリティボンド・ソーシャルボンド/サステナビリティ・リンク・ボンド等があります。しかし、例えばグリーンボンドの場合、CO2排出量が多く環境負荷が高い産業では、債券発行の要件を満たすことが難しいため、カーボンニュートラルに向けた取り組みが特に求められる産業では使いにくいという問題点があります。

トランジション・ファイナンスに関する国際的なガイダンスとして、ICMA(国際資本市場協会)が2020年12月『クライメート・トランジション・ファイナンス・ハンドブック』を公表しました。これによれば、クライメート・トランジション関連の目的を持ち、以下(1)(2)のいずれかの形式により、発行された債券への資金供給を促進することを目的とする投資がクライメート・トランジション・ファイナンスであると定義されています。

(1)資金使途を特定した(Use of Proceeds:UoP)債券:グリーン及びソーシャルボンド原則またはサステナビリティボンド・ガイドラインに整合したものと定義
(2)資金使途を特定しない債券:サステナビリティ・リンク・ボンド原則に整合したもの

<ICMAが定義するクライメート・トランジション・ファイナンスの位置づけ>

出典:金融庁・経済産業省・環境省_2021年5月_『クライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本指針』より抜粋

このガイダンスに基づき、日本では金融庁、経済産業省、環境省が国内向けのトランジションボンドの基本方針を定めました。そこでは、資金使途特定の有無は問わないこと、また、資金調達者の戦略や実践に対する信頼性を重ね合わせて判断されるものだということが明示されました。

すなわち、日本におけるトランジション・ファイナンスとは、下図の①~③に該当する債券等の金融商品のことを指し、資金使途が特定されるトランジションボンド/ローン、グリーンボンド/ローンと、資金使途が特定されないサステナビリティ・リンク・ボンド/ローンに大別されます。

<日本におけるトランジション・ファイナンスの位置づけ>

出典:金融庁・経済産業省・環境省_2021年5月_『クライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本指針』より抜粋

トランジション・ファイナンスの要件を満たすためのポイント

ICMAの、信頼性のために推奨される重要な開示項目として、以下の4要素が示されています。

<トランジション・ファイナンスで期待される開示の4要素>

要素1:資金調達者のクライメート・トランジション戦略とガバナンス
要素2:ビジネスモデルにおける環境面のマテリアリティ
要素3:科学的根拠のあるクライメート・トランジション戦略(目標と経路を含む)
要素4:実施の透明性

出典:金融庁・経済産業省・環境省_2021年5月_『クライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本指針』より

加えて、発行プロセスなどについては既存の原則やガイドラインで定められている要素を満たすことが求められています。

具体的には、資金使途を特定した債券(上図の①及び③)の場合は、ICMAが策定、改訂した「グリーンボンド原則」や、同原則に整合する形で環境省が策定、改訂した「グリーンボンドガイドライン」で定められている4つの核となる要素を満たすことが求められています。

<グリーンボンドの核となる4要素>

要素1:調達資金の使途
要素2:プロジェクトの評価及び選定のプロセス
要素3:調達資金の管理
要素4:レポーティング

出典:環境省_グリーンボンド及びサステナビリティ・リンク・ボンドガイドライン
2022年版

なお、資金使途を特定した債券の場合、対象事業が「グリーンボンドガイドライン」に具体的な資金使途の例として例示されているグリーンプロジェクトに該当せずとも、上図の①に該当する事業はトランジション・ファイナンスの対象となります。

ここで留意点として、グリーンボンドとして発行されるものであっても、市場関係者によって意見が分かれるセクターや技術へのエクスポージャーを持つ企業による資金調達である場合に、トランジション・ファイナンスの要素を市場から求められる場合があります。

また、資金使途を特定しないサステナビリティ・リンク・ボンドの場合(上図の②)は、サステナビリティ・リンク・ボンド原則で定められている5つの事項を満たすことが求められます。

<サステナビリティ・リンク・ローンに期待される事項>

1:KPIの選定
2:SPTsの設定プロジェクトの評価及び選定のプロセス
3:債権の特性
4:レポーティング
5:検証

出典:環境省_グリーンボンド及びサステナビリティ・リンク・ボンドガイドライン
2022年版

なお、上図の①~③に限らず、トランジション・ファイナンスの4つの開示要素を満たす金融商品はトランジション・ファイナンスになり得ます。

高まるトランジション・ファイナンスの重要性

ESG投資家と呼ばれる、脱炭素経営に関心を持つ投資家は、ESGに関する企業の目標設定だけではなく、その目標を達成し得ることを説明する「移行戦略」を企業の評価軸として重視しています。

<企業の脱炭素経営を評価する投資家の評価軸の変化>

投資家が企業の脱炭素戦略を評価する材料は、これまではCDP質問書への回答による現状の脱炭素パフォーマンス、TCFD開示におけるシナリオ分析を経て特定されたリスクと機会、指標と目標などが主流でした。
そのような項目への対応は、先進的な企業においてはすでに一段落してきており、そして2021年ごろから、脱炭素目標を達成するためのガバナンスや有形無形の投資、ステークホルダーへのエンゲージメント、ビジネスモデルの変革等を踏まえた”移行戦略”(脱炭素移行戦略)が評価されるようになっています。その評価のポイントとしても、実現するうえで必要な投資としても、トランジション・ファイナンスの活用状況に注目が集まっています。

資金調達だけではない!トランジション・ファイナンスの本質的な活用方法

脱炭素(カーボンニュートラル)と企業価値向上を同時に実現するためには、ビジョンやビジネスモデルを見つめ直し、商品・仕入・生産・販売・組織の各機能を含む企業の経営戦略へ統合に向けて早期に移行することが有効であり、それが「脱炭素移行戦略」として、今後よりいっそう投資家から厳しく評価されます。カーボンニュートラルを叶えるビジネスモデルを実現するためには、ESG全体を含む持続可能性の観点から、炭素やモノが循環するだけでなく、人の気持ち(社会動機性)や情報といったものがつながって巡っていく(循環する)仕組みをつくることが重要です。

そこでトランジション・ファイナンスを移行戦略とともにうまく活用することができれば、単に資金を調達するだけでなく、ステークホルダーとの新たな関係性を構築し、変化の早い社会の動きに臨機応変に対応し得るビジネスエコシステムの形成につなげることができます。ビジネスエコシムテムはそのプロセスを通じて人的資本の強化にもつながり、長期的な全社戦略と実施水準の底上げも期待できます。

<グリーンボンド(トランジション・ファイナンス)のメリット>

出典:環境省_2022年5月_『グリーンボンド及びサステナビリティ・リンク・ボンドガイドライン グリーンローン及びサステナビリティ・リンク・ローンガイドライン』より
アミタ加筆・編集 ※太字箇所をアミタにて加筆

前述のICMAのハンドブックによれば、トランジション・ファイナンスには、想定される気候関連のリスクと機会に対応するとともに、パリ協定の実現に寄与する形で事業変革をする意図が明確に含まれるべきであり、具体的には炭素、温室効果ガスの大幅な削減を達成する燃料転換や革新的技術の導入、製造プロセスや製品の改善・変更といった事業変革のみならず、新しい分野の製品やサービスの開発、提供等、既存のビジネスの延長にとどまらず、さまざまな観点からの変革が考えられるとあります。

トランジション・ファイナンスは単に資金調達の一手段にとどめず、投資家との対話を重ねることで目標達成への信頼性を高めるとともに、新たな人材、パートナー、顧客を獲得し、変化の早い社会の動きに臨機応変に対応し得るビジネスエコシステムを長期的に形成していくためのドライビングフォースになり得ます。そのためには、上記の<トランジション・ファイナンスで期待される開示の4要素>について、企業の成長戦略の一環として、組織の部分最適ではなく全体最適を考えながら移行戦略を策定・開示することがポイントになります。

国内各社の事例紹介~脱炭素経営は守りから攻めへ~

こうしたトランジション・ファイナンスの実施に向けて、脱炭素経営にかける社内リソースを、必要なコスト負担という意識から「成長」のための投資へと認識を改める必要があります。
前に述べたように、脱炭素経営に対する投資家の目線は変わりました。次は企業が目線を変える番になります。すなわち、CDPやTCFD等の国際イニシアチブが要請する情報開示をゴールとしていた「守り」から、情報開示をスタートラインと捉え、トランジション・ファイナンスを用いてビジネスモデルを変革し、脱炭素とともに企業成長する「攻め」に転じなければなりません。

そこで、多くの企業によるトランジション・ファイナンスを通じた脱炭素経営の深化が期待されています。具体的なトランジション・ファイナンスの事例を以下に示します。

<トランジション・ファイナンスにおける国内各社の取り組み>
-経済産業省 トランジション・ファイナンスモデル事業の実績より-

セクター企業種類発行予定額・
借入額
主な資金使途トランジション戦略の説明
海運日本郵船  トランジション・ボンド発行額:200億円
(期限:5年、10年)
・LNG燃料船、LNG燃料供給船、LPG燃料船
・運航の高効率化&最適化に資する技術開発
・洋上風力発電
・グリーンターミナル
・アンモニア燃料船、水素燃料船
資金使途候補の一つである、LNG燃料船等は本戦略に基づいた取り組みであり、船舶ポートフォリオにおいては、重油燃料船のリプレイスと位置付けられ、将来的なゼロエミッション船の導入と併せ、事業の脱炭素化に向けた将来的な移行を示している。
商船三井トランジション・ローン
(非開示)
・22年12月竣工予定LNG燃料フェリー1隻の建造資金
・23年3月竣工予定LNG燃料フェリー1隻の建造資金
現時点で利用可能な船舶の燃料としてはCO2排出量が最も少なく、将来的に水素燃料などで代替可能なLNG船燃料を推進しており、将来的にはアンモニアや水素燃料の利用拡大を見込む。
川崎汽船トランジション・リンク・ローン借入額:約1,100億円KPI1:
GHG総排出量
KPI2:
トンマイルあたりCO2排出量
KPI3:
CDP評価
GHG排出削減目標については、科学的根拠に基づき、パリ協定及び国際的な産業界の基準であるIMO及び国土交通省等の目標と整合した形で設定。
これらの目標の実現に向け、運航効率改善策の強化やLNG燃料船の導入拡大等の様々な取り組みを推進している。
鉄鋼JFEホールディングストランジション・ボンド総額300億円 (5年:250億円、10年:50億円)・超革新的製鉄プロセスの開発
・省エネ・高効率化
・エコプロダクトの製造
・再生可能エネルギーに関する取り組み
・業界トップクラスの電気炉技術を最大活用した高級鋼製造技術の開発、高効率化等の推進
・トランジション技術の複線的な開発推進(フェロコークス、転炉スクラップ利用拡大、低炭素エネルギー変革等)
航空日本航空トランジション・ボンド発行額:100億円省燃費機材の更新(エアバスA350等の最新機材の導入)2050年度までにネット・ゼロエミッションの達成を目指したトランジション戦略を掲げ、その実現に向け省燃費機材への更新、SAFの活用、運航の工夫を計画。
化学住友化学トランジション・ローン借入予定額:100億円愛媛地区、千葉地区におけるLNG火力発電所の建設プロジェクトを資金使途としている。2030年50%削減、2050年ネットゼロとの野心的な目標の実現に向けた具体的施策を構築。また、世界のGHG削減に貢献する製品・技術のいち早い社会実装の実現に努めている。
ガス東京ガストランジション・ボンド発行額:200億円・天然ガスによる低炭素化(天然ガスの高度利用、発電・コジェネレーション、エネルギーの面的利用、CCUS技術の活用)
・ガス・電力の脱炭素化(ガス体エネルギーの脱炭素化ー水素利用など)
2050年CO2ネットゼロの実現に向けた移行ロードマップを策定。天然ガスによる低炭素化を進めつつ、2030年以降に水素や合成メタンを順次導入することで、天然ガスにロックインせずに脱炭素化を実現。
発電JERAトランジション・ボンド発行額:200億円
(5年債・120億円および10年債・80億円)
・化石燃料とアンモニア/水素の混焼実証に関する支出
・高効率火力発電所への建て替えを目的とした、既存非効率火力発電所の廃止に関する支出
「JERAゼロエミッション2050」にて、
2030年の中期目標、及び2050年CO2ゼロエミッションの実現に向けたロードマップを策定。
・非効率な発電所(超臨界以下)全台を停廃止
・高効率な発電所(超々臨界)へのアンモニアの混焼実証
・洋上風力を中心とした再生可能エネルギー開発を促進
・LNG火力発電のさらなる高効率化
重工業IHIトランジション・ボンド発行額:総額200億円以内・ゼロエミッションモビリティへの取り組み
・アンモニアバリューチェーンの構築カーボンリサイクルの実現(CCUSなど)
・小型モジュール炉
・データ連携に基づく地域ソリューション構築
・事業活動におけるCO2排出削減(再エネ導入など)
バリューチェーン全体で2050年カーボンニュートラル(以下CN)を実現するための戦略を策定済み。TCFDシナリオ分析も実施されており、ビジネスモデルの移行に重要な戦略となっている。
ガス大阪ガストランジション・ボンド発行額:約100億円以内・ガス体エネルギーの脱炭素化
・電源脱炭素化(再エネ電源、合成メタン、水素、アンモニアなど)
・低炭素化(燃料電池、天然ガス、コージェネなど)
2050年CN実現に向けたロードマップを策定。メタネーションなどによるガス体エネルギーの脱炭素化、電源の脱炭素化、天然ガスによる低炭素化を通じてCNを達成する道筋を描いている。
重工業三菱重工業トランジション・ボンド発行額:100億円・既存インフラの脱炭素化(水素焚き(混焼)ガスタービンなど)
・水素エコシステムの実現(水素製造(ブルー、ターコイズなど))
・CO2エコシステムの実現(CO2回収・貯留など)
・再生可能エネルギー(風力、地熱など)
・クリーンエネルギー(水素混焼ガスタービンなど)
2040年Net Zero実現に向け、エネルギー供給側/需要側双方のCNへの貢献を企図する取り組みが含まれているトランジション・ロードマップを計画。
石油出光興産トランジション・ボンド発行額:200億円(予定年限:5、10年で100億円ずつ)・電力・再生可能エネルギー
・分散型エネルギー
・CNXセンター化環境効率のよい製品、技術、プロセス
・低炭素ソリューション
・省エネルギー
・スマートよろずや関連
・高機能材製品の開発
「2030年に向けた基本方針」で事業ポートフォリオの転換を掲げ、その実現に向けトランジションプランを描いている。
化石燃料・基礎化学品事業を次世代燃料・マテリアル、サーキュラービジネスに置き換える等

出典:環境省ウェブサイト_クライメート・トランジション・ファイナンス 国内の取り組みおよび
各社プレスリリース内容よりアミタ編集

脱炭素社会の実現は決して一足飛びには成しえず長期的・戦略的に取り組むことが必要です。また、その際には炭素やモノの循環だけではなく、人の気持ち(社会動機性)や情報の循環も重要な要素となります。トランジション・ファイナンスは、ビジネスモデルの変革を通じてそれらに包括的にアプローチするための、資金調達を超えた組織力強化の手法として大いに活用できる枠組みです。今一度自社の脱炭素経営と移行戦略を振り返り、新たな一歩を歩んでいただきたいと思います。

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執筆者情報

  • なかむら けいいち

    中村 圭一

    アミタ株式会社 社会デザイン事業部

    宮崎県出身。大学では環境教育を学び、セミナーや情報サービスの企画・運営、研修ツールの商品開発、広報・マーケティング、再資源化製品の分析・製造、営業まで、アミタのサービスを上流から下流まで幅広く手がけてきた。現在は、これまでに培った分析力と企画力を生かし、企業の長期ビジョン策定や移行戦略の立案、サーキュラーエコノミーに関するワークショップの設計・運営、AIを活用した「持続可能な競争優位」の仮説構築、AIツール開発等を手掛けている。

  • すずき かおり

    鈴木 香織

    アミタ株式会社 役員付

    2015年アミタ株式会社に入社。サーキュラースキーム構築、脱炭素戦略、BPO支援等、クライアント企業の持続可能性向上支援を担当。

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