
効率性の檻に閉じ込められた組織で、個人のポテンシャルは見過ごされてきた。しかし、もしその停滞や失敗までも、新しい価値を生むための豊かな「資源」になりえるとしたら?答えなき時代の「組織の冒険」は、いかにして始まるのか?
資源をめぐらせるアミタと、問いの力で組織に「冒険」を取り戻し活性化させるMIMIGURI。一見異なる二つの「めぐらせ」が重なった時、いったいどんな化学反応が起こるのか―。
しまうまフレンド七組目は、知の越境者であり、「冒険する組織」への変革を導くファシリテーター、株式会社MIMIGURI代表取締役Co-CEOの安斎勇樹さん。レッツ!しまうまトーク!
アミタホールディングス代表・末次貴英と外部有識者の対談シリーズです。コラムの詳細はこちら
目次
- 成果の前に、道草がある ―ハンター試験(対談)、開始―
- ポテンシャルフェチが信じる、”意外な開花”のつくり方
- ポテンシャルは”ある・ない”じゃない。関係性で立ち上がる
- AIが進むほど、人間の『信頼』が資本になる
- 悟空はなぜ必要か。組織の壁を越える「越境する個人」
- 反射で動く毎日をやめる。自分のペースを取り戻す『デトックス』
ポテンシャルフェチが信じる、”意外な開花”のつくり方
末次
さっそくですけど、安斎さんはいろんなところで「ポテンシャル」という言葉を挙げられていますよね。多くの人を惹きつける安斎さんならではの「ポテンシャル」の捉え方やその原点についてお伺いしていいですか?
安斎氏
かなり複合的ではあるのですが、「ポテンシャル」というのは僕の中で非常に重要なキーワードです。今でこそ世の中のため、ということを考えていますが、昔は極めて利己的な欲求として、「自分のポテンシャルを抑圧されたくない」という思いが強くありました。
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なるほど。「もっとポテンシャルを発揮したい!」という前向きな思いと、「やりたいことがやれずに抑圧されている」という感覚は、裏表かもしれません。「ポテンシャル」という言葉を使うには、まず自己認識が必要ですし、自分が抑圧されているかどうかも意外と気づきにくいものですよね。
安斎氏
そうですね。僕は今でも親に感謝しているのですが、幼少期からやりたいことをかなり自由にさせてもらったんです。「野球をやりたい」「サッカーをやりたい」と言えばすぐに環境を与えてもらえた。ただ、僕はかなりの飽き性で、バットやグローブを買ってもらった瞬間に満足してしまうような子どもでした(笑)そうやってわがままに育ててもらいながら、「自分がこの世界にどうフィットするのか」を確認する作業として、色々なガチャを回し続けていたのだと思います。
結果、バスケットボールだけは自分の感覚にすごく合って、長く続きました。ところが、怪我で手術をすることになり、プレイヤーとしての道は断念せざるを得なくなってしまった。「もっとこうなりたい」というイメージはあったのに、環境要因で力を出せなくなってしまったわけです。しかし、マネージャーとしてコートの外側からプレイを眺めてみると、思いのほかそれが楽しかったんです。それまでは「プレイできないなら意味がない」と思っていましたが、メンバーにアドバイスをしたり、課題を見つけたりするのが意外に面白く、「自分に向いているかもしれない」と感じました。こうした体験から、ちょっとした環境の変化で自分のポテンシャルが発揮されたり、されなかったりするという感覚を持つようになりました。
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ご自身の中で「ポテンシャル」という言葉を意識したのはいつ頃だったんですか?。
安斎氏
いつだろう……意外と漫画の影響が大きいかもしれません。僕は少年ジャンプっ子だったので、主人公の才能が開花するようなベタな展開が大好きで。特に、主人公そのものよりも、サブキャラクターが意外なポテンシャルを発揮するシーンに興奮するんです。『ドラゴンボール』なら孫悟飯、『ダイの大冒険』ならポップのように、弱気なキャラがきっかけを掴んで強くなる展開ですね。『スラムダンク』で言えば三井寿です。彼は膝の怪我という境遇が自分と重なりすぎて、もはや自分事としてしか見られませんでしたが(笑)「バスケでこうなりたい」という夢は叶わなかったけれど、意外にもコートの外側で輝けるかもしれないという実体験が「僕もまだ気づいていない才能があるはずだし、きっと他の人もそうなのだろう」という信念に結びついたのだと思います。

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そうした原点があるからこそ、安斎さんの書籍や発信には、他の人には出せない独自のバリューがあるのかなと想像しました。人や組織に化学変化を起こさせて気づきを与えるという点も他にない切り口だったりするんでしょうか。
安斎氏
おそらく、「思想」と「方法論」の掛け合わせにあると思います。思想としては、うまくいっていない現状を誰かのせいにしないこと。「組織がうまくいっていないのは誰かが悪いわけではなく、もったいない状況にあるだけだ」という前提に立ち、そこを変えていくための方法論、つまり「道具」に徹底してこだわっています。大学院時代、ワークショップやファシリテーションの源流にいる哲学者ジョン・デューイの研究をしていました。彼は「プラグマティズム(道具主義)」を代表する哲学者で、「この世に絶対的な真理があるわけではなく、知識はその役に立つかどうか(有用性)で価値が決まる」と考えました。だから僕は、組織がうまくいっていない「真の原因」を探ることにはあまり興味がないんです。「結局どうすればうまくいくのか」を考えたい。す。
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なるほど、よくあるのは「本質的な課題の探求がまず必要」という議論ですが、そこに時間をかけるより、具体的な方法論を考えるほうがいいってことですね。
安斎氏
犯人探しをしても現実は変わりませんからね。「あなたのせいだ」とか「これが悪の根源だ」と突きつけても、何も解決しません。誰かのせいにするよりも、状況を変えるための「道具」の開発にいそしんだほうがいいなと。
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ふんふん。ポテンシャルって、環境の変化や他者との関係性の中で生み出されたり、うまくいっていないプロセスが変わっていくときに顕在化したりするものってことですね。
安斎氏
まさにその通りですね...
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