「キーストーン種(keystone species)」とは、生態系の中で要石の役割を果たす重要な生物種のことを指します。里地里山など、人が暮らしを営むことで生み出されてきた生態系においては、ヒトこそがキーストーン種であったことが、今になって明らかになってきています。そう言える理由や背景、それを踏まえて企業に求められる新たな役割を考えます。
自然界で一番大切なイキモノは、じつはヒトなのです
日本の自然界で一番大切な生きものを1種類だけ挙げなさい、と問われたら、私は迷わず「それはヒトです」と答えるでしょう。道徳上の倫理観からではなく、純粋に生物学的な観点からの答えです。もちろん、ヒトはヒトだけで生きていけるわけではありません。食べ物や住まい、そして衣類に至るまで、ヒトは生活のほとんど全てを他の生物の命に依存して暮らしています。言うまでもなく「ヒトは自然界の他の生物によって生かされている」のです。しかし一方では、ヒトが多くの生きものたちの暮らしを支えてきたことも、また事実なのです。

稲刈り作業の際に飛び出してくるカエルを
目当てに群がる渡り鳥のチュウサギ(滋賀県高島市)
そこで今回はひとつだけ、生物学の専門用語を憶えていただきたいと思います。それは「キーストーン種」という言葉です。キーストーンとは、ヨーロッパの教会やお城のような建築構造物において、周囲の建材が崩れないように締める役割をもった「要石(かなめいし)」のことです。日本でいうなら「大黒柱」の意味に近いでしょう。つまり、それがないと構造物全体がばらばらに崩壊してしまう、とても重要な存在を意味します。キーストーン種とは、生態系の中で要石の役割を果たす重要な生物種のことを指します。
キーストーン種は、たとえ相対的には小さな生物量であっても、属する生態系全体のバランスを保つ役割を果たし、決定的な影響力を持っているため、その生きものが失われると地域の生態系が大きく損なわれてしまいます。
たとえば、北米太平洋沿岸のケルプ帯(コンブ類)とラッコの問題が有名です。毛皮を目的に人間がラッコを乱獲して激減させた結果、ラッコの餌生物であるウニが大量に発生し、ウニによってケルプが食い荒らされてしまいました。そのため、ケルプ帯を生息場としていた多様な生物群集が打撃を受け、豊かなケルプの海は荒廃し、沿岸全域の生態系が大きく損なわれてしまいました。
キーストーン種の持つ役割にも様々あり、上記のラッコや、オオカミのように他の生物の生息密度の調整に貢献する「捕食者タイプ」もいれば、ダムを作るビーバーや、樹洞(じゅどう)をこしらえるキツツキのように他の生物にとって重要な生息環境を作り出す「技術者タイプ」などもいます。
ただし生態系は生物間の複雑な相互作用によって成り立っているため、キーストーン種を事前に特定することは難しく、その種が失われてはじめてその存在の重要性が分かるということも多いのです。
ヒトが支えてきた生態系のバランス
前回までのコラムで、サシバやトキ、そしてミゾゴイといった里山の絶滅危惧種の鳥の話と、それらの捕食者となるオオタカの話、そのオオタカのライバルであるノスリの話などをご紹介してきました。
サシバはヒトが耕作する水田のカエルに命の糧を得ています。トキやミゾゴイにとっても、水田が育む様々な生きものたちは大切な食べ物です。一方で、山村集落が過疎高齢化して耕作放棄地が増えると、希少な鳥の脅威となるオオタカが住みやすい環境条件が増加する可能性もあります。そのオオタカにとって厄介なライバルとなるノスリは、ヒトが耕す田畑の野ネズミやモグラを命の糧にしています。こうしてみると、ヒトが田畑を耕す営みが、生態系のバランスを保つうえで欠かせないものであることが分かります。

有機農法で復活させ、収穫を喜ぶ農家(宮城県南三陸町)
そして今、生物多様性の危機が国際的な重要課題とされています。環境省が定める生物多様性国家戦略には、日本の生物多様性が直面する危機の一つに、人間による「自然に対する働きかけの縮小による危機」があげられています。里地里山など、人が暮らしを営むことで生み出されてきた生態系においては、まさにヒトこそがキーストーン種であったことが、今になって明らかになってきたのです。
そして「キーストーン種としてのヒト」は現在、多くの里地里山の生態系において「絶滅危惧種」と言い得る状態にあり、その自然への働きかけが減退していることが、日本の生物多様性危機の大きな要因の一つになっているのです。
ヒトを守るために企業は何をするべきか
人間は生態系の外にいるわけではなく、あるときは食物連鎖の頂点に立つ捕食者であり、あるときは技術者タイプのキーストーン種であり、またあるときは破壊的な影響をもたらす侵略者にもなりえます。ここで言う「キーストーン種としてのヒト」とは、農山村で暮らしを営み、主に農林水産業やその関連産業に従事している地域住民のことを指します。そして一方の「破壊的な侵略者としての人間」は、過去の多くの場合、企業関係者でした。もちろん現在ではそのような破壊的な侵略行為は、法的にも倫理的にも行われにくい時代になりつつあります。
しかし、破壊的な侵略行為さえしなければ、企業は社会的責任を果たせるのでしょうか。いまや多くの地域で「キーストーン種としてのヒト」は、自らの集団を維持し、次世代を育む力をすっかり失ってしまっているのが現状です。多くの農山村では高齢化や人口減少が進み、地域の担い手不足が深刻化しています。その結果、田畑や森林の管理が難しくなり、里地里山の環境そのものが維持困難になりつつあります。極度に過疎高齢化した限界集落の多くは、あと10年もすれば無人の廃村となってしまうでしょう。そして、近い将来に同様の過疎高齢化を迎えそうな危機を抱えた地域は、日本の農山村に数多くとあります。この農山村の地域社会を守れずして、日本の生物多様性は決して守ることができないのです。またこうした状況の中で、地域住民や自治体だけに生物多様性保全の役割を委ね続けることには限界があります。

網から外して分け合う林業家たち(高知県四万十町)
いま、日本の生物多様性を守るために、企業は何をするべきでしょうか。一部の企業では、自社工場などの事業敷地内で地域の生物多様性を守り育むための模索を始めています。それ自体はとても素晴らしいことなのですが、それだけでは地域の生態系を守ることはできません。
いまや多くの地域で「キーストーン種としてのヒト」は、自らの集団を維持し、次世代を育む力をすっかり失ってしまっているのが現状です。内で地域の生物多様性を守り育むための模索を始めています。それ自体はとても素晴らしいことなのですが、それだけでは地域の生態系を守ることはできません。国土交通省『土地を巡る動向』(令和5年)によると、令和2年の国土利用概況データでは森林が66.2%、農用地が11.6%であるのに対し、工場用地は僅か0.4%でしかないのです。この小さな器の中のみで企業がどんなに努力しても地域の生物多様性に与える効果は限定的なものにならざるを得ませんし、敷地内だけでの自己完結型の取り組みではすぐに行き詰ってしまうでしょう。
ではどうしたらいいのでしょうか。工場敷地の外に出て周辺を眺めてみると、多くの場合、田園や里山が広がっているのが見えます。企業が生物多様性を守るためのステージは、目の前に無限に広がっているのです。企業を含む地域内外の多様な主体が、地域社会と新たな関係を築きながら、共に自然と暮らしを支えていくことが求められています。日本政府もこの点を非常に重視し、様々な立場の人が互いに連携して地域の生物多様性の保全に取り組む活動を促進するために「地域生物多様性増進法[郁木9.1][き本9.2](地域における生物の多様性の増進のための活動の促進等に関する法律)」が2025年4月に施行されました。この法律では、企業、自治体、NPO、地域住民など多様な主体が連携しながら、地域で生物多様性を増進する活動を継続的に進めていくことが期待されています。

可視化する「田んぼの生きもの調査」(滋賀県高島市)
企業に求められている役割も、単なる敷地内緑化や一時的な社会貢献活動にとどまりません。企業が生物多様性を守るためのステージは工場敷地の中だけに閉じられているのではなく、地域の人々と協働しながら、里山管理や森林保全、農地再生、環境教育、地域資源の活用などを通じて、地域社会の維持そのものに貢献していくことが重要になっています。
その具体的な取り組みの方向性としては、次の3つの視点が大きな柱になるでしょう。
1. 持続可能で次世代につながる農林水産業と地域産業の再構築
未来を担う若い世代が地域に定住し、結婚や子育てをしながら安心して暮らしていくためには、農林水産業をはじめとする地域産業が持続可能な形で成り立つことが不可欠です。地域資源を活かした商品開発や観光、地産地消、加工・販売との連携などを通じて、地域の経済循環と雇用を支える仕組みを育てていくことが求められます。
2. 農山村の「多面的な価値」の再発見と共有
農山村には、食料や木材の生産だけではなく、美しい景観、水源の涵養、防災、生物多様性の保全、伝統文化の継承、癒しや学びの場の提供など、多面的な価値があります。こうした地域の豊かさを、地域住民だけでなく都市住民や企業を含む多様な主体が共に再発見し、その価値を共有しながら守り育てていくことが重要です。
3. 多様な主体による農山村環境の維持・再生への参画
人口減少や高齢化が進む中で、従来の地域コミュニティだけで農地や森林、水路、里山環境を維持していくことは年々難しくなっています。地域住民に加え、企業、NPO、教育機関、都市住民、関係人口など、多様な立場の人々が協働しながら、田園や里山の環境を支え、次世代へ引き継いでいくことが求められています。
将来にわたって生態系全体のバランスを保っていくためには、「地域生態系(生物多様性)の一員としての企業」という視点を持つことが大切です。企業は地域社会の外側に存在する独立した存在ではなく、水や食料、エネルギー、人材、文化など、地域の自然と社会の循環の中で事業活動を営んでいます。だからこそ、生態系の循環と連鎖の中に、自社の事業活動や経営戦略をどのように位置づけるのかを考えることが重要なのです。
地域との協働を通じて自然環境や地域社会を支えることは、単なる社会貢献活動にとどまりません。それは、地域との信頼関係を築き、持続可能な事業基盤を形成し、さらには企業自身の価値向上にもつながっていく取り組みでもあるのです。
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執筆者情報
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ほんだ きよし
本多 清
アミタ株式会社 社会デザイン事業部
環境ジャーナリスト(ペンネーム/多田実)を経て現職。自然再生事業、農林水産業の持続的展開、野生動物の保全等を専門とする。著書に『境界線上の動物たち』(小学館)など多数。
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