コラム
移行戦略の立て方(第五回)トランジション・ストラテジー(移行戦略)のすすめ ~循環型ビジネスの実現~
前コラムにおいて、サステナブル経営への移行戦略における
「守りのESG」と「攻めの ESG」の2つの考え方を解説してきました。本コラムでは「移行戦略の立て方」について解説します。
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目次 |
移行戦略を検討するための前準備
「守りのESG」と「攻めの ESG」に取り組むことは、一歩間違うと目的意識を欠いた手段論、戦略なき場当たり的な戦術論に陥ってしまいます。そこでまず、外部環境と内部環境の再認識・再定義を行い、事業全体を俯瞰する視点の獲得が必要です。これには様々なやり方がありますが、一例としては以下の事項について検討することが有効です。
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- パーパス
パーパスとは「自社は社会において何のために存在するか」の定義であり、どこの領域で社会的インパクトを最大創出していくかを示すものです。ブラックロック社のラリー・フィンクCEOは、2022年の年頭書簡において"パーパスはこの波乱の時代に進むべき方向を示す羅針盤のような存在"、"パーパスをステークホルダーとの関係の基盤と位置付けることが、長期的成功の鍵"と述べています。独自のパーパスを定義することが、不確実な時代では成長の羅針盤となります。 - 未来の社会像
2050年の社会を正確に予測することは不可能です。しかし大まかな方向性を「メガトレンド」として掴むことはできます。代表的なものは人口動態、気候変動・資源枯渇などの環境制約、テクノロジーの進展等です。サステナブル経営を行うためには、パーパスを軸として未来ビジョンを立てることが重要です。そのためにはメガトレンドを踏まえた上で、自社にとって特に重要となる要素や人々の価値観、顕在化しているであろう社会課題を定義し、共通の目的を描くことが重要です。 - 内部分析
企業哲学、文化性、経路依存性、組織資産、人的資産、顧客資産の棚卸し、サプライチェーン、競争優位、ケイパビリティ、提供価値などビジネスモデルを再分析し、自社の強み源泉・現状を再確認することも重要です。 - マテリアリティ分析
自社の長期的なサステナビリティにおける課題感を具体的にするため、自社事業におけるマテリアリティ(重要課題)を明確化する必要があります。昨今では、CDPやTCFDに対応する過程でマテリアリティを分析することが増えています。主には気候変動の影響にフォーカスがあたりますが、金属、水、森林などのあらゆる資源、生物多様性、人権やジェンダーといった要素を含む広い視野で考えなければ、事業のリスクと機会を包括的に捉えたとは言えません。CDP、TCFDを足掛かりとし、気候変動以外の要因も考慮した検討を進めましょう。
移行戦略の検討
企業が「成長」するということは、単に売り上げを拡大し「膨張」することとは一線を画します。上記のような検討を通じ、自社が目指すべき方向性や事業継続の課題が見えてきたら、それらを解消した上で自社はどのような価値を社会に提供していくべきかを検討していきます。その際「守り」と「攻め」という軸で考えることが有効です。
「移行戦略の検討項目図」アミタ作成
- 守りの領域
現事業の持続性を脅かすリスクへの対応を検討する領域であり、それは主に気候変動や資源枯渇に関するマテリアリティへの対応策となります。第2回のコラムで解説したように、サプライチェーンにおける物質・エネルギー両面の環境負荷をいかに最小していくかという視点で、ESG価値を追加していく方法を検討します。将来においては原材料調達量の変動リスクがさらに高まることが想定されるため、市場投入後の製品/資源の回収を確実にするリバースロジスティクス(消費者から生産者への物流)の設計も視野に入れましょう。 - 攻めの領域
顧客/社会の将来リスクと潜在ニーズの解消を検討する領域であり、事業において新市場の創造につなげる経営戦略と深く結びついている領域です。自社事業の企画、調達、製造等の各プロセスに循環型の仕組みを導入することは、それ自体が顧客にとっての付加価値となるでしょう。しかし、この価値はいずれ業界標準となります。自社のさらなる提供価値の向上を図るには、未来の社会課題を起点に、将来顧客や社会が直面するESG・市場課題と将来ニーズの仮説に基づいた新しいビジネスモデルを構想する必要があります。事例としては、未利用資源に着目するシェアリングサービスや、企業が製品所有権を保有したまま機能を提供するサービサイジングモデルなどです。 - 守りながら攻めるESG経営戦略
ビジネスモデルを循環型にし、事業を通じESGに取り組むということは、上記の二つの視点を同時に推進し、自社と顧客の現在リスクと将来リスクの解決策をビジネスモデルに取り入れていくことだと弊社は考えます。個別のテーマ、課題に取り組むという狭い問題意識で考えるのではなく、経営そのものの課題として捉えることが肝要です。財務影響と非財務価値の取得の両面から優先順位を設定し、事業計画を練りましょう。ビジネスモデルの設計においては、サーキュラーエコノミーを実現する5つのビジネスモデルの類型が参考となります。
「5つのビジネスモデル」アクセンチュア、経済産業省による整理を参考にアミタ作成
- 脱炭素移行戦略を起点とする
経営層がビジネスモデルを循環型にすることを経営課題として認識できたとしても、組織として素早く動けるかどうかはまた別問題です。移行戦略のための組織編制(新規プロジェクト発足)が望ましいですが、CDPやTCFDで求められる脱炭素移行計画の策定から進めていくことも一案です。脱炭素移行計画では、具体的なアクションプランや計画策定が求められます(下図参照)。脱炭素を達成するためにはビジネスモデルの変革は不可欠になります。そのため脱炭素移行計画を策定することで、経営課題として循環型ビジネスに取り組むことの社内合意形成や、その他検討のための土台が完成します。
「脱炭素移行計画」TCFD新ガイダンスの移行計画要点をもとにアミタ作成
移行戦略を5つの事業戦略に要素分解
移行戦略の全社的なイメージ・方向性が明らかになってきたら、これを事業活動にどのように落とし込むかを考え始める必要があります。また、事業活動の具体的な改善策からボトムアップ的に全体の方向性に反映できるような要素も見つかるでしょう。弊社では、商品、販売、組織、仕入、生産の5つ要素に焦点を当てて、経営戦略を事業戦略に反映させていくことを推奨しています。
「5つの戦略図」アミタ作成
1.商品戦略~2.販売戦略
商品(プロダクトやサービス)は企業の価値提供の手段です。商品が変われば自ずと販売、組織、仕入、生産の戦略にも変化が生じます。循環型の商品において、その販売戦略を検討する際には、単にスムーズな運用や損益分岐のことだけを考えるのではなくて、どのように販売すれば顧客との関係性を深く長く築くことができるかを戦略的に考えることが大きなポイントです。「モノからサービス」へのシフトがトレンドとなっていますが、サービス化というのは表面的な手段であり、その本質は顧客との長期関係性の構築です
3. 組織戦略
各戦略効果を最大限発揮させていくため、経営は移行戦略にコミットし、意思決定のスピードを高め、目標をモニタリングすることが重要です。そのため特に重要なのは共感の形成です。パーパスに基づいた高い目的を実現するには、あらゆるステークホルダーや競合とも連携していく必要があります。その軸になるのは自社の社会的価値への共感であり、行動の一貫性と情報の開示と対話、評価の獲得が組織戦略の要諦です。
4.仕入戦略~5.生産戦略
製品の長寿命化のための部品交換や修理・分解、および使用できなくなった製品や素材の回収をリバースロジスティクス(静脈物流)の導入を戦略的に検討しましょう。例えば、昨今プラスチック容器を専用ボックスで回収する事例が多く登場していますが、不特定多数の一般消費者から資源を確実に回収することを自社単独で検討することは推奨しておりません。実績のある様々なプライヤーと連携して行うことや、回収という顧客接点を通じて顧客との関係性を構築することのように、これまでは自社にとっても顧客にとっても単にコストでしかなかった回収という行為を以下に価値転換することが重要です。
また需要に応じた最適生産と市場供給を実現し、過剰在庫を抑制するデマンドチェーンマネジメント意識し、プラットフォーム設計者と連携を図っていけるよう情報収集をしておきましょう。
以上、移行戦略の立て方についてお伝えしました。下記は事例のご紹介となります。
事例紹介
- 【キャノン株式会社】オフィス向け複合機 Refreshedシリーズ(商品戦略×仕入戦略×生産戦略)
回収したオフィス向け複合機を新品同様に生まれ変わらせる「オフィス向け複合機 Refreshedシリーズ(再生品)」を販売し「製品to製品」の仕組みを構築している。"製品環境配慮設計"と"リマニュファクチャリング"が商品戦略の重要要素となっている。
<製品の環境配慮設計>
リデュース配慮設計(小型軽量化、製品の長寿命化、メンテナンス性向上)、分解容易化設計、分別容易化設計、情報開示などの項目において、具体的な設計指針を設定。
<リマニュファクチュアリング>
回収した使用済みの機器を部品レベルまで分解し、劣化・摩耗部品を交換。その後、品質を新品同等にまで高めて出荷。90%を超える部品のリユース率を達成している。
- 【ダイキン工業株式会社】省エネエアコンのサブスクリプション(商品戦略×販売戦略)
高温多湿のタンザニアにおいて、エアコン購入費をかけず使用料を前払いにてサービス課金する「省エネエアコンのサブスクリプション」を導入し、エアコン利用の普及を進めている。さらに高い温室効果のある「冷房」を大気放出せず回収することも可能とし、地球温暖化の解決にも貢献する優れたビジネスを構築している。
- 【F-LINE株式会社】F-LINEプロジェクト(販売戦略×組織戦略)
「競争は商品で、物流は共同で」という基本理念の基に、食品メーカー6社の協議体である「F-LINEプロジェクト」を設立。食品物流における物流従事者の不足、燃料価格の上昇、CO2削減など深刻な諸課題を解決するため、トラックドライバーや物流センター等の資産の共有、共同配送による配送件数の削減、幹線輸送の再構築など、"食品企業物流プラットフォーム"を確立している。
- 【旭鉄工株式会社】KaaS(生産戦略×販売戦略)
もともとは自社工場の改善や自動化を進めるために開発したIoTを「iXacs」としてツール化。ここで得られる現場データをより幅広く経営に活かすために「IoT経営ダッシュボード」と「KaaS(Kaizen as a Service)」という2つのサービスとして展開している。
- 【伊藤忠商事株式会社】自動発注システムのシノプスと業務提携(仕入戦略×生産戦略)
シノプスの需要予測・自動発注におけるノウハウと伊藤忠商事の多様なネットワークを組み合わせることで、小売業の需要情報を卸・メーカーに対して一気通貫で連携させる食品のデマンドチェーンマネジメントを構築し、食品ロス削減の新規ビジネス創出に乗り出している。
移行戦略支援: Codo Advisory "ACT" + アミタ "シアノプロジェクト"
アミタでは、脱炭素移行計画策定と企業評価の両軸支援するツール"ACT"を運用するCodo Advisory社と連携し、包括的な移行戦略の構想/構築/実行の支援体制を構築し、総合的なサービス提供を実施しています。(Codo Advisory社やACTについては下記のサイトを参照ください)
https://codo.jp/
関連情報
執筆、編集
中村 圭一(なかむら けいいち)
アミタ株式会社 社会デザイングループ
グループマネージャー付 グループ戦略統括担当
静岡大学教育学部を卒業後、アミタに合流しセミナーや情報サービスの企画運営、研修ツールの商品開発、広報・マーケティング、再資源化製品の分析や製造、営業とアミタのサービスの上流から下流までを幅広く手掛ける。現在は分析力と企画力を生かし、企業の長期ビジョン作成や移行戦略立案などに取り組んでいる。
長谷川 孝史(はせがわ たかし)
アミタ株式会社 社会デザイングループ
群青チーム
2016年合流。国内・海外の持続可能な地域モデルの案件化調査、モデル設計、事業化構築を担当。現在は企業の持続可能な経営への移行戦略構築支援を担当。
長谷部 尚孝(はせべ なおたか)
アミタ株式会社 社会デザイングループ
緋チーム
滋賀県出身。滋賀大学卒業後、アミタへ合流。現在は企業向けのサステナビリティコンサルティングを担当。
おすすめ情報
お役立ち資料・セミナーアーカイブ一覧
- なぜESG経営への移行が求められているの?
- サーキュラーエコノミーの成功事例が知りたい
- 脱炭素移行における戦略策定時のポイントは?
- アミタのサービスを詳しく知りたい
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