
リーマンショックで「バリキャリ」のポジションを失い、ゼロから立ち上げた”頼り合い”の仕組みは、やがて地域コミュニティという社会インフラへ。
資源と人の気持ちが”めぐる”ことで孤独を無くす、AI時代だからこその、人のぬくもりを土台にした共助のデザインとは?
日常的な資源(ごみ)出しを起点に関係性を紡ぐアミタと、「半径30分に頼れる人がいる社会」を本気で実装するAsMamaが、ついに出会った!これから何が起きるのか?!しまうまフレンド6組目は、「だれも取り残さない」を合言葉に地域共助の最前線を走る、株式会社AsMama代表取締役社長の甲田恵子さん。レッツ!しまうまトーク!
アミタホールディングス代表・末次貴英と外部有識者の対談シリーズです。コラムの詳細はこちら
目次
- オルレアンの包囲を解け―令和のジャンヌ・ダルク
- 「バリキャリ」を襲ったリーマンショックと人生の問い
- 「意外と根性ないね」雨の中で泣いた日々
- 残高ゼロの夜からのV字回復
- 「半径30分に頼れる人がいる社会」を実装する
- 資源循環と地域共助をつなぐ~善意がめぐる社会インフラ
- AIが進化する時代だからこそ追求する「人間の温かみ」。半径30分以内に頼れる人がいる未来
「バリキャリ」を襲ったリーマンショックと人生の問い
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甲田さんの記事を読んで、初めに感じたイメージがジャンヌ・ダルクだったんです。みんなが諦めているところに、信念をもって光のごとく現れてみんなを救う、みたいな。すみません、勝手なイメージで(笑)。
強い女性のイメージがある甲田さんですが、まずは創業の背景から伺えますか。会社員をされていた頃から、どんな変化があって起業に至ったのか。
甲田氏
起業前はベンチャーの雄と言われた投資会社で、PR/IRの室長を務めていました。当時20代で、自分のポジション・給料・自由度をどう上げるのかばかり考えているような、ハイキャリア志向の割と野心的なサラリーマンでした(笑)
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バリキャリ!(笑)
甲田氏
完全にバリキャリ路線でしたね(笑)出産してからもアクセル全開で。一旦会社から保育園に迎えに行って、子どもにご飯を食べさせて、お風呂に入れて、夫とバトンタッチで、また会社に戻って仕事をして、終電で家に帰る。それが日常茶飯事でした。
でも、リーマンショックで9割の社員が解雇されると知らされたとき、「私はいったい誰の何のためにこれまでの人生を生きてきたんだろう」と。子ども1人を夫婦でジャグリングして、「これは誰の幸せにつながってるんだろう」とすごく考えたんです。
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リーマンショックは、投資の世界の価値基準が反転する瞬間でしたよね。
甲田氏
はい。上場企業でIR担当をしていたにも関わらず、まったく知らされていない社長交代に関するプレスリリースが突然出て、足元から大地が崩れる感じでした。私自身も、解雇の発表が1月にあって、3月末で退職するという。もう本当に晴天の霹靂で、まさかのサラリーマンを辞めるという…(笑)
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IR担当だったのに!それは確かに何を信じていいか分からなくなりますね。

甲田氏
そんなことがあって、改めて自分の人生を考えたんです。当時、私は子育てをベビーシッターや実家の母に助けてもらえていたのですが、職業訓練校に通うと、周りには「助けてくれる人がいない」ことで、仕事や子育て、夢を次々と諦めていく人たちが多くいました。
少しの助けがあればキャリアも挑戦も、介護との両立だって続けられるのに。同時に、日中は「手伝えるよ」という人にもたくさん出会って。「あれ?単純に出会えていないだけ、つながれていないだけ?」と思った瞬間、そのまま事業計画書的なものを作って、住んでいる地域の市役所に持ち込み、行政で取り組むべきではないかと伝えると、「創業支援課へどうぞ」と相手にされませんでした…(笑)それでも、これからの時代に絶対に必要な”インフラ”だという根拠のない確信があって。誰もやらないなら自分がやる、と決めたんです。
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アミタにもママさん社員がたくさんいます。アミタにくる前、出産を機会に退職して、その後社会復帰をしようとしたときに、面接に行くにも子どもの預け先がない、仕事をするには子どもを保育園に預けないといけないが、仕事をしていないと保育園には預けられない……もう八方塞がりでどうしようもなくメンタルが壊れた、というのを聞いたことがあります。アミタでは、困ったときはお互い様というライフラインをつくるために、社員の消滅有休を、育児や介護・病気・就学などで長期に休んだり時短勤務となるメンバーの賃金補填に回せる仕組みを実装していたり、一定のルールのもと子連れ出勤を可能にしています。
甲田さんは、その壁を事業で挑戦されたと思うのですが、どのように突破したのでしょうか。
甲田氏
mixiやアメブロに「子育てを頼れる人がいないから、ママが自分の仕事ややりたいことをあきらめる。そんな大人の背中を見て育つ子供たちは大人になることに夢を抱かない。誰もが育児も仕事もやりたいことも思い通りにかなえられる、ご近所サポートの仕組みをつくろう」――そんな構想を書いたら、当時の言葉で言う”炎上”みたいな反響が起きて。広報の仕事をしていたので、社会の空気がうねる感覚がなんとなくあり「いける」と思いました。これは誰かがやらなきゃいけない、サムシング・グレートだ、と。
「この事業、一緒にやりたい人」と投げかけると、私を知らない人からも「やりたいです」と連絡が山のように来て。そんな勢いで会社は立ち上がりました。ここからが本当の苦労なんですけどね(笑)...
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