インタビュー
実践者に聴く、TNFD開示の舞台裏:ライオン流、サステナ戦略の進め方
「次世代ヘルスケアのリーディングカンパニーへ」という2030年ビジョンを掲げるライオン株式会社。消費者の日常に寄り添う製品を通じてサステナビリティの領域に関しても取り組みを積極的に進められています。
同社を訪問し、ライオン株式会社様より同社のサステナビリティ戦略とTNFDの開示についてお話をお伺いしました。
TNFDに取り組んだ理由とライオンのサステナビリティ戦略
辰巳(アミタ):本日はお時間を頂き、ありがとうございます。本日はTNFD情報開示の取り組みに関してお話をお伺いしたいと思っています。
まずTNFDに取り組まれた理由や経緯をお伺いできますか?
堤氏(ライオン):弊社では「次世代ヘルスケアのリーディングカンパニーへ」という2030年ビジョンに向けてサステナビリティに関する取り組みを強化しております。約2年前から自然・生物多様性についても国際機関の動き、国の戦略に関しては動向を注視していました。企業に求められていることを考えていく中で、まずは自社の依存と影響、リスクと機会の開示を優先しようと決めました。
▼ライオングループの価値創造プロセス
出典:ライオン株式会社
辰巳:事前に外部環境をしっかりとリサーチされていたのですね。調査結果をもとに、開示に取り組むべきであると社内に報告を上げた際の反応はいかがでしたか?
堤氏:開示に取り組むべき、という点にはすぐに合意が得られたのですが、どの程度のコストや体制で取り組むのか、どのようなボリューム感の開示にするのかという質問を上層部から受けました。これらの質問に対してはTCFDとTNFDに共通する部分も多かったので、TCFDを開示した時にかかったコストや体制、開示内容のボリュームを整理した上で、TCFDにて開示したガバナンスやリスク管理の内容をTNFDにも引き継ぐことで、開示に掛かる工数を省力化し費用対効果を高められることを説明しました。
また、客観的に評価された開示内容になるのかという指摘も受けました。客観性の担保については自社のみでは難しいところがあると思っていました。そこからは情報開示に向けて自社で対応する部分と、委託すべき部分をクリアにしていくための整理をしました。
そのタイミングでちょうどアミタさんのセミナーに参加しました。
辰巳:開示にかかるコストやリソースは少なくないので、やはり検討段階では不安もありますよね。開示により得られるものについても質問はありましたか?
堤氏:必要だという背景ややりたいことは理解してもらいましたが、開示は何のためにやるのか、何に使うのかという質問はありましたね。そこに関してはリスク管理のためであるという説明をしていました。自社のリスク管理のため経営にも活用してもらえるクオリティのレポートを作成すると伝えたところ承諾してもらえました。
堤氏
辰巳:ありがとうございます。自社の現状を改めて把握し、今後の対策や戦略にもつなげていくことが、情報開示を自社の企業価値向上に活用していく上で重要ですよね。
TNFDの開示とアミタの支援について
辰巳:実際にTNFDに取り組まれて難しかったことはありますか?
千葉氏(ライオン): LEAPの分析結果をみた時に、新しいリスク管理手法についてはすぐにイメージが浮かびましたが、機会に転換していく施策を考えるのが難しかったと思います。
今の既存事業の範囲だけで考えても、なかなか機会に結びつかないのではという議論もありました。
現状、自社の脱炭素に関する目標はありますが、生物多様性に関する目標はもっていません。そのため、2040年や2050年という時期にどういう目標を持っているべきなのか、どういう取り組みをしていくべきなのかということを想像するのが難しかったです。
辰巳:自社の既存事業の範囲だけで考えていいのか、という視点はとても重要だと思います。
既存事業の枠を超えた新しい発想にたどり着くために、今回、調達や研究の部署の方と2回のシナリオ分析を実施しました。いかがでしたか?
千葉氏:いかに自分の思考が既存事業の枠内にとどまってしまっているかということに気づけたと思います。シナリオ分析では、生物多様性が劣化する2つの象限を対象に実施しましたが、今後「サステナブルな製品づくりにかかるコストが増える」ことや、「トレース確保の協力が得にくい世界」が迫ると想定したとき、いまどのような対応を取るべきなのかということを考えるのは非常に難しかったです。他の参加者からもっと多くの意見を聞いて、より未来を見据えた議論を深めていく必要があると感じました。
▼シナリオ分析について議論をする様子
撮影:アミタ
▼シナリオ分析の様子
撮影:アミタ
辰巳:レポートの読みやすさについてもこだわられていましたよね。
堤氏:いろんな方に読んでいただきたかったので、文量の調整などは検討を重ねました。概要版を作成し全体版についても6ページに収め、読みやすくしたので、メッセージとしては伝わりやすくなっていると思います。
辰巳:アミタのサポートはいかがでしたでしょうか。
堤氏:LEAP分析や開示に向けた支援はもちろんですが、ある程度開示内容が形になってきた段階で、同業他社のTNFDレポートとの比較調査を行っていただいた結果、自社の立ち位置、開示のレベル感を経営層に理解してもらうことができたのはとても良かったです。
また、社内向けにTNFD開示の内容やそれまでのプロセスについて、アミタさんから説明してもらうことで、TNFDに今取り組む意義や取り組んだ結果などをより分かりやすく周知することができました。
辰巳:そう言っていただき、ありがとうございます。貴社は外部を使った社内の機運醸成がとてもお上手だなと感じました。
堤氏:プロジェクトマネージャーとしては、2~3週間おきに定例会をセッティングし、社内のデータ収集、整理においてリードいただけたのはありがたかったです。
調達や開発部門の担当が非常に忙しくしている中、データをもらうのには苦労しましたが、どういった情報がいつまでに必要なのかを明確にした上で、フォーマットなども用意いただけたので、なんとか情報を集めることができました。
また、バリューチェーン上流のパーム油の生産地分析についても適切な支援をいただきました。弊社が調達している可能性のあるパームミル(パームの搾油工場)が1,300ヵ所以上もあり、分析手段として有料のレポート購入を検討していたのですが、予算や工数との兼ね合いもあり、全てを分析することは難しいと考えていました。
この状況に対して、アミタさんが拠点の位置情報などをベースに、客観性のある形でパームミルをグループ分けし、グループごとに購入したレポートの内容を理解しやすくまとめてくださり非常に助かりました。
TNFDに取り組んだ感想と今後の展望について
辰巳:TNFDに取り組んでみていかがでしたでしょうか。また、取り組んだことによる新しい発見があれば教えていただけますか?
千葉氏:少数精鋭で行い、活発な議論をすることで本質的な話もできたのではないかと思います。調達部からパームやミントなどの原材料についても詳しく教えてもらい、自分たちのビジネスで使う原料がどれだけ水や土壌に支えられているかを具体的に知ることができました。
新しい発見としては2つありました。ひとつは、シナリオ分析にて「これ以上農園を増やせない」という制約を前提とした対策を考えるという体験を経て、そもそもパームを使わないという重要な視点の理解が進みました。
千葉氏
二つ目は、生物多様性がベースになっているTNFDは、脱炭素と比べると活動の貢献イメージがしやすいと感じました。例えば界面活性剤の代替品の研究の必要性は脱炭素という観点に加え、生物多様性の保全につながるという観点からも捉えることでより説得力が増します。社内にとっても、お客様にとっても、この説得力は大事だと思っています。
辰巳:今回収集したデータの活用や今後の展開について教えていただけますでしょうか。
千葉氏:シナリオ分析を通じて、改めて原材料調達に関するリスクの大きさを認識しました。例えば、法規制や社会的な要請があった場合、パーム農園の新規開拓が難しくなり、パーム油自体の価格高騰が起こり、調達そのものが難しくなるかもしれません。そうなった時のために、例えば代替原料開発への投資や、パーム油に依存しない商品の開発など、対策を進めていく必要性を感じましたね。
辰巳:TNFD開示に取り組むにあたっての一つの目的、リスク管理が果たせたわけですね。
千葉氏:そうですね。他にも、グループ会社の海外の工場では、まだRSPO認証の取得ができていないところもあるので、今回LEAP分析を通じて得た情報やデータを伝えることは、認証取得や取り組みの後押しになるかもしれません。
また「生き物のため」「自然環境のため」というのは、「脱炭素」や「気候変動対策のため」よりもわかりやすく、メッセージとしても伝わりやすいと思います。
先程お話したパーム油の代替原料開発は、CO2から界面活性剤を作るというものですが、脱炭素のためにCO2を資源化するという必要性を、頭では理解できるものの、自分ごと化しにくいストーリーなのではないかと感じます。そこに、生きものが入ってくると説得力が増して「やらないといけないよね」と感じやすいのではないかと思っています。
私たちの事業の優先課題である「脱炭素」や「資源循環」の取り組みを、さらに意義深いものへと進化させるのが「生物多様性」の視点だと思っています。理性で理解する目標に、豊かな生態系を守るという感性的な価値を結びつけることで、活動への納得感が高まると考えています。このビジョンは、私たちライオンの社員の原動力となるだけでなく、お客様をはじめ社会全体から共感を得るために重要なことだと思います。
辰巳:ありがとうございます。
では最後に、今回作成したライオン様のTNFDレポートにおいて特に注目してほしい点はどこでしょうか?
堤氏:バリューチェーン上流の分析で、天然ミントに着目した点です。オーラルケア事業において弊社は国内シェアトップを誇り、創業以来、歯磨き粉の香りと味の決め手となる天然ミントに強いこだわりを持ち続けています。インド産ミントについては、すでにすべてを認証ミントへと切り替えており、持続可能な調達を実現しています。
レポートには細かく記載していませんが、アメリカ産ミントにおいても、ミントの名産地であるワシントン州やオレゴン州の農家と長年にわたり信頼関係を築き、現地の気候や土壌に適した品種の選定から栽培方法に至るまで、密接に連携しています。弊社のフレーバリストたちは、現地で育まれたミントの香りや風味を最大限に引き出すため、日々研究と試作を重ねています。
こうした取り組みの背景には、「毎日のオーラルケアを、より心地よく、より安心して使っていただきたい」という私たちの想いがあります。その想いをレポートから少しでも感じていただけると嬉しいです。(ライオンのミントプライド:https://clinica.lion.co.jp/mint/index.htm)
辰巳:とても貴社らしさが現れたレポートになりましたね。本日はありがとうございました。
完成したTNFDレポートはこちら
話し手プロフィール
堤 達平氏
ライオン株式会社
サステナビリティ推進部
千葉 瑞栄氏
ライオン株式会社
サステナビリティ推進部
聞き手プロフィール
辰巳 愉子
アミタ株式会社
サーキュラーデザイングループ
関連情報
企業活動が生物多様性におよぼす影響の把握やリスク分析には高度な専門性と多くの時間が必要であり、具体的な進め方に悩む企業が多いのが現状です。アミタは「循環」に根差した統合的なアプローチで企業価値の向上&持続可能な経営を実現に貢献する、本質的なネイチャーポジティブ/生物多様性戦略の立案・実施をご支援します。
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