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コラム

第九回 TNFDとは? TNFDへの対応はESG経営への移行戦略を加速させるトランジション・ストラテジー(移行戦略)のすすめ ~循環型ビジネスの実現~

ZR4C7943edit_9.jpg国際的な環境フレームワークであるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース、以下TCFD)の生物多様性版として始動したTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース、以下TNFD)。1992年の地球サミットから生まれた「気候変動枠組条約」と「生物多様性条約」は、地球環境を巡る両輪不可分の2大テーマとされてきましたので、この二つの条約とTCFD/TNFDは連動した流れの中にあります。
では、企業はTNFDとどのように向き合い、取り組むことで新たな時代のESG経営への移行戦略を構築すればよいのでしょうか。
今回はその概要と方向性を解説します。

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目次

日本の企業が誤解しがちなTNFDの「前提と範囲」

「TNFDはTCFDの生物多様性版だ」という説明がよくなされます。TCFDの目的は金融機関や投資家の適切な投資判断のために「気候関連財務情報の開示を企業に促すもの」とされ、対するTNFDの目的も「自然関連財務情報の開示を企業に促すもの」とされています。ここで誤解や混乱を招きやすいポイントは、TCFDもTNFDも、非財務情報の開示により企業の社会的価値を可視化する目的で設立されているということです。

「え? 気候関連や自然関連の財務情報を開示する枠組じゃないの?」と思う方もいると思います。日本語版のWikipediaでもそのように紹介されています。しかし財務情報とは財務三表※1をはじめとする財務諸表のことであり、企業はその開示義務を法的強制力の中で負いますが、そもそもそこに気候関連や自然関連の情報は含まれていません。従来は企業の経済的価値を可視化する財務情報が投資判断の主な評価軸でしたが、それだけでは企業の価値やリスクを評価できない時代になってきたためにESG経営という概念が生まれ、企業の社会的価値を可視化する非財務情報を任意的な枠組で開示することが求められる時代になったわけです。

そして気候変動関連の非財務情報を「気候関連財務情報」、生物多様性関連の非財務情報を「自然関連財務情報」と呼んでいるのです。ただし、そこで把握された気候関連や自然関連のリスクや機会が事業戦略や財務計画に与える影響についても情報開示を求められますから、財務情報と無関係ということでは決してありません。ややこしい話ですが、国際社会では「非財務情報」という言葉を回避するトレンドがあり、気候関連や自然関連の非財務情報を(従来の)財務情報と同様の扱いで開示していくべきという意図があるのです。

※1 財務三表=貸借対照表、損益計算書、キャッシュフロー計算書を指します。

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【図‐1】国際統合報告評議会(IIRC)が公表している「6つの資本」
(財務資本と5種類の非財務資本を併せたもの)の事業活動に生物多様性を位置付けた際の期待効果。
出典:アミタHP「自然資本の利活用/生物多様性戦略

さて、TCFDとTNFDの大きな違いとして「課題の発生場面の範囲の違い」があります。企業活動におけるCO2の発生場面の大部分がサプライチェーン(供給連鎖=モノの流れ)の中にあるのに対し、多様な生命の複雑な関係性である生物多様性のリスクと機会は、企業活動のあらゆる場面において発生しうるものです。そのため、TCFDへの対応は主にサプライチェーンにおけるCO2発生量と管理に係る情報開示になるのに対し、TNFDではバリューチェーン(価値連鎖網=モノと仕事の流れ)全体における自然関連の情報開示が対象になります。その対象はサプライチェーンを軸とする「主活動」のみならず、人事労務といった「支援活動」も含まれます【図-2】。
人的資本、社会関係資本、自然資本などの非財務資本の情報であり、国際統合報告評議会(IIRC)が公表している、いわゆる「6つの資本」の全てに関わってくるテーマと言えるでしょう。しかもCO2のように発生場所や条件(数量等)が容易に特定できるものではなく「風が吹けば桶屋が儲かる」のような事象が随所で起こり得ます。例えば農村の周辺地域にある製造拠点で人件費削減のためにAIロボットを大量導入すると、それが周辺地域の生物多様性に重大なマイナス影響を招くことも起こりうるのです。
(詳細は別コラム「本多清のいまさら聞けない、「企業と生物多様性」にて解説のうえ、サプライチェーンでのTNFD対応と、バリューチェーンでのTNFD対応のそれぞれを紹介していきます)

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【図-2】サプライチェーンとバリューチェーンの領域の違い

TCFDの開示対象である気候変動関連の課題は主にサプライチェーンの枠組み(赤点線の枠内)のなかで発生するのに対し、TNFDの開示対象である生物多様性関連の課題や機会は人事労務や製造所の周辺環境、技術開発など、事業活動の全て(緑点線の枠内)に関わってくる。

企業とTNFDの関係の「中身」

次は企業とTNFDの関係の中身について説明します。TNFDが情報開示を求める内容は、各企業が依存している「生態系サービス」におけるリスクや機会などの「相互作用」です。例えば、事業で水を使用する場合は水源かん養林からの、紙をはじめとする木材製品を使用する場合は木材生産林からの生態系サービスの恩恵を得ていることになります。人的資本である従業員の生活を支える衣食住も、生態系サービスからの恩恵で成り立っています。このように企業の事業活動は生態系サービスと不可分のものです。その生態系サービスを生み出す自然資本が「生物多様性」という「多様な生物(人類を含む)が互いに生命を支えあう関係性※2」なのです。

その生物多様性が様々な要因で劣化し、生態系サービスが急速に衰退しつつある現状を重大な経済的リスクと捉え、TCFDと並立する形でTNFDが創出されたわけです。TNFDは、金融や資金の流れを通じて企業活動を「自然関連にマイナスの影響を及ぼす関係を改め、プラスの影響を相互に及ぼす関係(ネイチャー・ポジティブ)に転換させていくこと」を目的としています。
多くの企業にとって生態系サービスは、これまで事業活動との関係性を意識してこなかった領域であり、いわば外部化されてきたものです。その生態系サービスと、それを生み出す自然資本である生物多様性に対し、自社がどのような恩恵を得て、どのような負荷を与え、どんなリスクや機会を想定して今後の事業活動を展開するのか、という情報を(財務情報と同様に)内部化したうえで開示することが金融機関や投資家から求められる仕組みづくり、それがTNFDなのです。

※2TNFDでは金融資本の観点から生物多様性を「自然資本の質・量・復元力を維持し、事業と社会が依存する生態系サービスの提供に不可欠な、自然に関する特性」と定義しています

関連記事:生物多様性とSDGs(その1):SDGs達成のモデルは「生態系」にあり!

TNFDにおける重要視点の「地域特性」(ロケーション)とは?

TNFDが「企業とのポジティブな相互関係」を目指す生物多様性は「(厳密には)一つとして同じものはなく、同じことは二度と繰り返されない」ものです。CO2とは異なり定量化や数値化をすることが難しく、安易な定量化に基づいた対応策は逆にマイナスの影響を引き起こしかねないという特性があります。
そのような生物多様性の特性も踏まえた結果として、2022年3月に公開されたTNFDのベータ版(簡易先行公開版)では、大枠として以下の内容が公表されています*。

  1. 自然関連の概念・用語の定義(市場関係者が自然を理解するための基本情報)
  2. 自然関連情報開示に関する提言(情報開示の主たる方針と内容)
  3. 自然関連リスク・機会を評価するための推奨手法(取り組みへのガイダンス)

この中の2.では、TCFDを踏襲する形で情報開示の4つの柱となる「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」で構成されています【図-3】。TCFDとの大きな違いは「戦略」の情報開示方針(自然関連リスクと機会が事業・戦略・財務計画に与える影響を情報開示する)において、地域特性(ロケーション)を重視した情報開示が推奨されていることです。具体的には「健全性の低い生態系、重要性の高い生態系、または水ストレス地域との組織の相互作用について説明する」とあります。これが「一つとして同じものはない」生物多様性への基本的なスタンスになります。しかし、その前提条件さえ押さえてしまえば、対応へのアプローチはそれほど難しく考える必要はありません。

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【図-3】情報開示に関するTNFDの提言(草稿版)※「TNFD自然関連リスクと機会管理・情報開示フレームワーク ベータ版」より抜粋

企業はTNFDにどう取り組み、どのような成果が得られるのか

TNFDのベータ版の三つ目の枠組に「3.自然関連リスク・機会を評価するための推奨手法(取り組みへのガイダンス)」が公表されています。企業がどのように自然関連の情報開示を進めていけばよいかの指標となるものですが、そこで推奨されているのは以下の4つの工程からなるアプローチ手法です。

  • 企業が自社と自然との関わりを見つける(Locate≒発見)
  • 依存と影響の関係を読み解く(Evaluate≒診断)
  • リスクと機会を見極める(Assess≒評価)
  • リスクと機会への対応策を整えて報告する(Prepare≒準備)

上記4つの工程の英文の頭文字からLEAPアプローチと名付けられています【図-4】。

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【図-4】LEAPアプローチ ※「TNFD自然関連リスクと機会管理・情報開示フレームワーク ベータ版」より抜粋

各企業は、こうしたアプローチ手法を活用しながらTNFDの本質を適確に捉え、新たな時代のESG経営への移行戦略に「企業と生物多様性のポジティブな相互関係」を組み込んでいく必要があります。その手法と効果の詳細については別コラムにて紹介していますが、重要なことはESG経営を担保する非財務資本の持続可能性を向上させる施策に取り組み、その情報開示で企業の社会的価値を可視化することにあります。そして実は、日本の企業はTNFDへの対応、とくにネイチャー・ポジティブにおいて、欧米の企業が模倣不能なチャンスカードとアドバンテージを持っているのです。その有利な立ち位置を利用し、楽しみながら自社と生物多様性の関係を読み解き、ポジティブな総合関係を築くことで、ESG経営への移行戦略を加速させていきましょう。

※企業と生物多様性のポジティブな相互関係の構築手法とその効果については、別コラム本多清のいまさら聞けない、「企業と生物多様性」」にて詳しく紹介していますので、ぜひご参考ください。

執筆、編集

tabeisan.jpg田部井 進一(たべい しんいち)
アミタ株式会社
取締役

アミタグループへ合流後、主に企業の環境部・サステナビリティ部門を対象に、環境ビジョンの策定や市場調査など、多くの支援実績を持つ。2020年より取締役として、アミタ(株)における営業および市場開拓を担当。アミタグループの事業の柱となる「社会デザイン事業」の確立に向けて、新規サービスの創出・新規市場開拓を進める。

hondasan.jpg本多 清(ほんだ きよし)
アミタ株式会社 社会デザイングループ
群青チーム

環境ジャーナリスト(ペンネーム/多田実)を経て現職。自然再生事業、農林水産業の持続的展開、野生動物の保全等を専門とする。外来生物法の施行検討作業への参画や、CSR活動支援、生物多様性保全型農業、稀少生物の保全に関する調査・技術支援・コンサルティング等の実績を持つ。著書に『境界線上の動物たち』(小学館)、『魔法じゃないよ、アサザだよ』(合同出版)、『四万十川・歩いて下る』(築地書館)など。

ms_nakamura_kozue_77x77.jpg中村 こずえ(なかむら こずえ)
アミタ株式会社 社会デザイングループ
緋チーム チームマネジャー

高知県出身。鳥取大学大学院終了後、環境問題に関心があり、アミタの「無駄なものなどこの世にない」という理念に共感して合流。現在は企業向けのサステナビリティコンサルティングを担当。

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