コラム
地元からの調達でお金の漏れ穴を塞ぐ:英国と国内の事例 人・もの・カネ・気もちが巡る「地域分散シナリオ」
現在の日本において、過疎と過密は進行し、一部の都市部では社会増による人口増加が、農村部では自然減と社会減の両面から人口減少がみられます。この様子は「消滅可能性都市」という言葉で注目を浴びました。日本経済はバブル時代までのような右肩上がりは望めず、少子高齢化で増える社会保障費と減る税収。日本全体の税収の一部を地域にまわすしくみも崩壊寸前です。そんな中、今後注目されるのが地域内での経済循環を高めるしくみです。
そこで本コラムでは、幸せ経済社会研究所の新津尚子氏に、持続可能社会の鍵をにぎる「地域分散シナリオ」について、参考事例などを交えて連載していただきます。第3回は、地元からの調達で地域内経済循環をはかる英国マンチェスターの取り組みを中心にご紹介します。(写真はマンチェスター市民が自らの勤勉さをたたえて選んだ市のシンボル蜂)
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地元経済の青写真|地域から出るお金の可視化
これまでこの連載では「お金を地域内で循環させることができなければ、お金は漏れ出し、地域は豊かにならない」ことを伝えてきました。たとえば、自治体が公共事業で学校や図書館を建てる場合、建設工事を地元外の大手業者に発注すれば低予算で済むかもしれませんが、建設費用は地域をほぼ素通りして外に出ていってしまいます。一方で、地元の事業者に頼めば、建築費用は割高かもしれませんが、お金は地域内にとどまって地域の業者やその従業員の手に渡り、地域を潤します。(写真はマンチェスターの典型的な労働者用の住宅。住宅改善の試みの結果)
これはつまり、自治体が工事を発注したり物品を購入したりする際、経済コストだけを重視するのか、地域経済を考慮するのかによって、地元経済に及ぼす影響が大きく異なるということです。そこで今回は「自治体の調達プロセス」を変えることで地域の漏れ穴を塞ごうという、英国マンチェスターのシンクタンク「地域経済戦略センター(CLES: the Centre for Local Economic Strategies)」と、マンチェスター市の取り組みを取り上げます。筆者らが2018年に同センターを訪れた際に行ったインタビューの内容も含めて紹介し、最後に、日本の自治体の調達に関わる取り組みを紹介します。
調達基準を変えたマンチェスター、その背景は?
サッカーチームで有名な英国マンチェスターは、歴史的には産業革命で栄えたことがよく知られています。1830年に貿易港があるリバプールとの間に世界初の実用的な鉄道営業路線が引かれるなど、マンチェスターは繊維産業を中心に繁栄を誇りました。しかし、労働者が多い土地柄であることや、20世紀にはいって繊維産業が衰退したことなどから、現在のマンチェスターは、英国の中でも貧しい地域としても知られています。
1990年代後半になると、マンチェスターには多額の地域再生資金が投入され、エティハド・スタジアム(2002年に完成。マンチェスター・シティFCの本拠地)をはじめとした様々な施設がつくられます。しかし、多額の資金が投入されたにもかかわらず、地域の失業率は高く、人々は貧しいままでした。こうした状況の中で「トリクルダウン型の経済成長モデル※」はマンチェスターでは機能しないので、別の方法を考える必要があるという問題意識から、地域経済戦略センターとマンチェスター市の調達担当者は、市の調達のあり方について議論をはじめたそうです。この連載の初回で紹介したNew Economics Foundationの漏れバケツ理論の考え方や、リーマンショックによって地域再生資金の多くがストップしたことも、この議論を後押ししました。(写真:後ろの背が高いビルの黒い部分は全て太陽光パネル)
※トリクルダウン型の経済成長モデル...「大企業などに対して経済支援を行うことで経済活動が活性化し、富が低所得層に向かって徐々に浸透する」という仮説
調達基準の変更とその効果
地域経済戦略センターとマンチェスター市の調達担当者で議論を重ねる中で、
- 「マンチェスター市が調達のために支払っているお金はどこに行くのか」
- 「コストや質を優先する調達担当者の考え方を変えるにはどうすればよいか」
- 「納入業者に、市にモノやサービスを納めるだけではなく、もっと地域に貢献してもらうためにはどうすればよいのか」
といったことが問題となりました。
(写真は取材時に地域経済戦略センターのメンバーらと撮影したもの。真ん中が筆者。右隣は幸せ経済社会研究所所長の枝廣淳子氏)
実際の取り組みとしては、まず2007年に調達専門の部署が立ち上げられました。専門の部署ができたことにより、それぞれの部署が異なる基準で行っていた調達を統一的に管理できるようになりました。2008年に「持続可能な調達方針」を策定。2009年には「2008年度にマンチェスターの調達先上位300社に支払われた金額」「中小企業に支払われている割合」などお金の行き先の分析をはじめました。2010年にはこうした分析結果を踏まえて『調達の力:マンチェスター市の政策と実践』という資料を発表し、市の調達によって、マンチェスターの経済と住民の利益を最大化するための提案を行っていました。(写真:マンチェスター市の住宅。バックヤードを広く取り、家が密集しないしくみ)
さらに、2016年からは納入業者を決める際の基準として「価格」「質」のほかに「社会的価値」を最低でも20%含めることになりました。この流れには英国で2013年1月に施行された社会的価値法(Social Value Act)※も影響したそうです。
※社会的価値法(Social Value Act)...公共調達を行う際に、地元企業への影響や、地域内での雇用といった社会的価値を考慮することを定めたもの。
こうした取り組みの結果、2008年度には51.5%だったマンチェスターを本拠地とする組織への支払いは、2017年度には71.3%にまで増えました。また納入業者が、調達の際にマンチェスター市から受けた支払いのうち、どれくらいの割合をマンチェスターで再び使っているのかを調べたところ、2008年度には1ポンド受け取ると25ペンスをマンチェスターで使っていたのが、2015年度には、1ポンドにつき43ペンスをマンチェスター内で使用していることもわかっています(1ポンド=100ペンス)。これは、マンチェスター市の取り組みが、納入業者の行動にまで影響を与えていることを意味しています。
その他、マンチェスター市の中小企業への支払いの割合は、2014年度の46.6%から、2017年度は61.7%に増えました。また、2017年度にはマンチェスター市内で推定1,302の雇用を創出したほか、マンチェスター地区全体では、支援が届きにくい人々に対して推定1,788の雇用機会を作り出しています。このようにマンチェスターでは、調達のしくみを変え、お金の行き先を測ることで、地域のお金の漏れ穴を塞ぐだけではなく、多くの社会的価値を作り出しています。また、こうした成果は、専門知識がない人にもわかりやすいように工夫された報告書やパンフレットで発表しています。
自治体の中小企業支援策が塞ぐ漏れ穴
日本の自治体の中にも「地元の中小企業を支援する」ことを目的に、地元の中小企業からの調達を増やす取り組みを行っているところがあります。マンチェスターの事例からもわかるように、地元の中小企業を支援することは、地域からのお金の漏れ穴を塞ぐ役割を果たします。
たとえば、横浜市では、2010年に「横浜市中小企業振興基本条例」を制定し、その中で、横浜市が工事の発注や、物品などの調達を行う際に、市内の中小企業に受注する機会を増やす方向性を明記しています。その結果、2017年度には、(単独随意契約・大規模契約を除いた)横浜市全体の発注金額のうちの約1.5兆円(76.7%)を横浜市内の中小企業が占めるなど、成果をあげています。
また横浜市中小企業支援センターは、横浜型地域貢献企業支援事業として「横浜市民を積極的に雇用している」「市内企業との取引を重視している」など地域を意識した経営を行うとともに、環境保全活動、地域ボランティア活動などの社会的事業に取り組んでいる企業等を支援する制度を設けています。認定されると、公共調達の受注機会が優遇されるといったメリットがあります。これはマンチェスターの調達で、納入業者に社会的価値の重視を求める姿勢と重なる活動です。
これらの事例からは「調達を地元化する」ことによって、効果的に地域の漏れ穴を塞ぎ、地元の産業を活性化できることがわかります。こうした制度の導入を検討している自治体にとって難しいのは「どの企業がより地元に貢献しているのか」を見極めることではないでしょうか。そこで第4回では、企業や組織の社会的な貢献度を測る方法を紹介する予定です。
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執筆者プロフィール
新津 尚子(にいつ なおこ)氏
幸せ経済社会研究所 研究員
武蔵野大学ほか非常勤講師。東洋大学大学院社会学研究科社会学専攻 博士後期課程修了〔博士(社会学)〕。幸せ経済社会研究所では「世界・日本の幸せニュース」の編集や、社会調査(アンケート調査)などを主に担当している。
幸せ経済社会研究所 https://www.ishes.org/
■主な共著・寄稿文
『社会がみえる社会学』(2015年/北樹出版)
「幸福で持続可能な地域づくりとSDGsー海士町の取り組みを事例に」『月刊ガバナンス2月号』(2019年/ぎょうせい)
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