コラム
地域のビジョン策定ステップ|みんなで地域の将来の舵をとる 人・もの・カネ・気もちが巡る「地域分散シナリオ」
現在の日本において、過疎と過密は進行し、一部の都市部では社会増による人口増加が、農村部では自然減と社会減の両面から人口減少がみられます。この様子は「消滅可能性都市」という言葉で注目を浴びました。日本経済はバブル時代までのような右肩上がりは望めず、少子高齢化で増える社会保障費と減る税収。日本全体の税収の一部を地域にまわすしくみも崩壊寸前です。そんな中、今後注目されるのが地域内での経済循環を高めるしくみです。
そこで本コラムでは、幸せ経済社会研究所の新津尚子氏に、持続可能社会の鍵をにぎる「地域分散シナリオ」について、参考事例などを交えて連載していただきます。最終回は、地域でのビジョン策定についてご紹介します。(写真は、地域経済循環フォーラム当日の様子。各町から自治体、民間企業、市民と重層的なプレーヤーが参加し、それぞれの立場から発表を行いました)
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行政・民間・市民の連携で、地域経済の取り戻しから民主主義の実践へ!
この連載では、地域からのお金の漏れを防ぎ、経済循環を高める取り組みやその測定方法について、行政、民間、市民の関わり方をお伝えしてきました。循環は単独のプレーヤーで作り出せるものではありません。よい循環を作り出すためには、連携がカギとなります。そこで、最終回の今回は「漏れ穴をふさぐ」取り組みを、行政・民間・市民の連携で作り出していくプロセスについて、2019年3月16日に幸せ経済社会研究所(有限会社イーズ)が主催した「地域経済循環フォーラム」の内容を交えて紹介します。
このフォーラムの特徴は、熊本県南小国町(人口約4,000人)、島根県海士町(人口約2,400人)、北海道下川町(人口約3,500人)それぞれの町役場の方、民間・市民として取り組みを行っている方に登壇していただいたことです。3町それぞれユニークな取り組みを行っていますが、組織を越えて「連携」を作り出す取り組みに共通しているのは「漏れ穴を見つける」「町の将来ビジョンをみんなで考える」「共有ビジョンや取り組みを広める」の3つのプロセスです。
スタートは漏れ穴を見つけること
町全体の漏れ穴を見つけることは、循環を高める対策を考える上で不可欠です。この役割は、多くの場合、行政に求められます(第2回で紹介したトットネスのように、市民主体で漏れ穴を見つけている事例もあります)。産業連関表の作成、調達の見直しなど、漏れ穴を塞ぐ上で、行政は大きな役割を果たします。しかし、行政の力だけでは、漏れ穴を塞ぐことはできません。フォーラムでは、2012年度から産業連関表を作成している下川町から、次のような発言がありました。
下川町:数字が出た後、分析結果をどうやって実行していくのかが課題。どこを役場が担って、どこを住民が担って、どの部分を一緒に連携してやっていくのか、誰が主体で実行していくのか。
漏れ穴と対策がわかったとして、次の問題は、どのプレーヤーがその対策を実践していくかです。多くの地域で「アイデアが出ても、計画を実行してくれるプレーヤーがいない」という声を耳にします。プレーヤーを見つけるためにも「なぜこの対策が必要なのか」を、広く伝える必要があります。また新しい方法を導入する際には、反発が起こりやすいことからも、共有のプロセスは重要です。
どんなに優れた提案でも同意を得られないことがある
この点について海士町から、次のような発表がありました。海士町は本土からフェリーで4時間ほどかかる離島で、漁業が盛んです。しかし、新鮮な海の幸を採っても、鳥取県の境港の魚市場まで出荷するのに輸送コストがかかるため、漁師さんたちの収入は少なくなってしまいます。輸送コストに対して補助金を出せば収入は守れますが、根本的な解決にはなりません。
そこで海士町では、行政主体でCAS(Cells Alive System)という、細胞を壊すことなく瞬間凍結するシステムを導入し「島で瞬間凍結して、年間を通して新鮮な商品を売る」仕組みを作りました。本土の市場に出荷する必要がなくなるため、輸送コストを減らすことができます。それどころか、今度は漁場と島の加工場が近いことが「より新鮮なまま凍結できる」というメリットになるのです。白イカのように旬がある商品も年間を通して売れるため、それまでは白イカの最盛期の2ヶ月半で200万円だった漁師さんの収入の手取額が、CAS導入後には出荷にかかる本土への輸送代や手数料などが減ることで、多い人では600万円まで増えたそうです。手取額の増加はモチベーションにも影響し、出漁日数が増えます。するとますます漁獲量が上がるという好循環が回ります。
CASは輸送コストという漏れ穴を塞ぎ、漁師さんの収入を増やす優れた取り組みです。でも、CAS導入の際には、漁師さんからは反発があったそうです。ずっと漁の現場を支えてきてくれた人たちが、今までのやりかたを大きく変えることに抵抗があるのは当然です。だからこそ新しい仕組みを取り入れる場合は、考え方やビジョンを共有するプロセスがカギを握ります。
共有ビジョンの策定は、できるだけ多様なプレーヤーを集めることがカギ
共有といっても、行政の決定をただ知らせるだけでは「押し付け」や「他人事」になってしまい、反発や無関心を生み出します。そこでフォーラムに登壇した3町が導入しているのは、さまざまな人が集まって、みんなでビジョンを策定するプロセスです。
たとえば、南小国町では2018年度に、これからの30年間の方向性を明らかにし、自分たちはどこにいて、どこに向かっているのかを明確にするための共有ビジョンを策定しました。実はその策定段階から、共有のプロセスは始まっています。どのようなプロセスか紹介しましょう。
- 共有ビジョン策定委員の選出:共有ビジョンを策定するための委員として、若い年代を中心に、一般の町民(11名)と役場の職員(13名)を公募で選出
- 共有ビジョン策定会議の開催:毎月1回会議を開催。その過程で、町内の人口の約1/8にあたる542名の町民に、30年後の南小国町で「増えていてほしいもの」「減っていてほしいもの」「変わらずにいてほしいもの」を尋ねる
- 共有ビジョンの策定:集めた町民の意見を反映させて、共有ビジョン「きよらのさと」を策定(図はクリックすると拡大します)
図は南小国町の共有ビジョンです。「きよらのさと」は「清らかな郷」を意味する言葉で、南小国町の基本構想にも用いられるなど、南小国の人たちには馴染み深い言葉。多くの人がビジョンの策定にかかわることで、ビジョンを広めるだけではなく、わがコト化する役にも立ちます。
南小国町:ビジョンを作って終わりではなく、これからが本当のスタート。ビジョンに命を吹き込んでいく工程だと考えています。
「パブリックコメントを読む会」を開催して、町の施策へ関わりを広げる
町の具体的な施策を広める取り組みとしては、下川町の「パブリックコメントを読む会」が参考になります。パブリックコメントは様々な町民の意見を施策に取り入れるための仕組みですが「パブリックコメント募集中」とホームページや回覧板で共有しても、その問題にあまり関心のない人の意見はなかなか出ないでしょう。
そこで下川町の未来ビジョンを考える委員のメンバーたちが自主的に開催したのが「パブリックコメントを読む会」です。この会では、パブリックコメントを書いたわけではなく、みんなでパブリックコメントを募集している施策を読んで話し合ったそうです。その結果、提出されたパブリックコメントの数は、100を超えました。
その後また会を行い、今度は寄せられたパブリックコメントについて、住民と一緒に話し合いながら分類を行いました。こうした「考える」プロセスがあることで、町の施策に対する理解が深まります。この過程は、取り組みを積極的に担ってくれるプレーヤーを育てることにもつながります。
ここで紹介したプロセスは3町とも共通しています。
海士町:いちばん大事なことは、我々自身が挑戦して、海士の魅力を作っていくこと。魅力が高まればまた次の挑戦をしてくれる人がでる。
こうしてみていくと「地域の経済循環を高める」ことは、地域に経済を取り戻すことであるとともに、住民ひとりひとりが町の将来ビジョンに積極的に関わる「地域の民主主義」を実践する過程であることがわかります。また循環によって、人々の間につながりも作り出されます。家族や友人、コミュニテイとのつながりが、私達の幸福にとって重要であることを示す研究もたくさんあります。この連載のタイトルは「人・もの・カネ・気もちが巡る『地域分散シナリオ』」です。このシナリオは、経済、社会、そして私達ひとりひとりが「自分たちの将来の舵をとる」ためのストーリーなのです。
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執筆者プロフィール
新津 尚子(にいつ なおこ)氏
幸せ経済社会研究所 研究員
武蔵野大学ほか非常勤講師。東洋大学大学院社会学研究科社会学専攻 博士後期課程修了〔博士(社会学)〕。幸せ経済社会研究所では「世界・日本の幸せニュース」の編集や、社会調査(アンケート調査)などを主に担当している。
幸せ経済社会研究所 https://www.ishes.org/
■主な共著・寄稿文
『社会がみえる社会学』(2015年/北樹出版)
「幸福で持続可能な地域づくりとSDGsー海士町の取り組みを事例に」『月刊ガバナンス2月号』(2019年/ぎょうせい)
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