
ネイチャーポジティブとは? その概念の成り立ちと現在に至るまでの背景に加え、企業がネイチャーポジティブを実践するための重要ポイントを先進事例から解説します。
ネイチャーポジティブという概念の成り立ちと背景
「ネイチャーポジティブ(Nature Positive、自然再興)」とは、生物多様性の損失を止め、自然を回復軌道に乗せることを意味する概念です。企業活動に当てはめれば「事業が発展するほど自然が豊かになる状態」を目指す考え方と言えるでしょう。
この概念は突然現れたものではなく、生物多様性と企業活動の関係をめぐる長年の議論の延長線上で生まれました。
その出発点の一つとなったのが「ノーネットロス(No Net Loss)」という考え方です。これは都市や農地などの開発によって生じる生物多様性の損失を、回避・低減・復元・代償措置(オフセット)などによって補い、全体として損失をゼロにすることを目指すものです。
さらにその発展形として「ネットゲイン(Net Gain)」という考え方が生まれました。ノーネットロスが損失ゼロを目指すのに対し、ネットゲインは損失を上回る回復を実現し、結果として自然の状態を開発前より改善することを目指します。
こうした流れの中で、鉱業・資源開発大手のRio Tinto社は、生物多様性戦略の柱として「ネットポジティブインパクト(Net Positive Impact:NPI)」を掲げました。同社は1990年代後半から生物多様性を重要な経営課題として認識し、国際NGOとの協働を通じて「企業活動全体として自然への貢献が損失を上回る状態」を目指す考え方を打ち出しました。これは個別事業のオフセットの議論にとどまらず、企業戦略レベルで自然への正味の貢献を目指した点に特徴があると考えられます。
2009年に開催された「第3回生物多様性と企業に関する会議」では、「ビジネスと生物多様性に関するジャカルタ憲章」において、ネットポジティブインパクトを含む先進的な取組みの普及を後押しする提言も採択されました。こうした動きは、今日のネイチャーポジティブにつながる源流の一つと位置づけることができるでしょう。
しかしその一方で、ネットポジティブインパクトを含む従来のアプローチに対しては課題も指摘されるようになりました。
その一つが、生物多様性の損失と回復をどこまで相殺可能なものとして扱えるのか、という問題です。
例えば、ある場所の森林や湿地が開発によって失われた場合、別の場所で自然を再生し、その効果が失われた自然を上回れば「ネットでプラス」と評価することができます。しかし実際には、自然の生態系は場所ごとに固有であり、失われた生態系とまったく同じものを別の場所に再現することはできません。生物種の構成、生態系の機能、地域固有の自然環境などは代替が困難であり、一度失われた自然は永久に失われる場合もあります。
もちろん、こうした課題は近年になって初めて認識されたものではありません。ノーネットロスやネットゲインの考え方においても、代替不可能な自然の存在や、回避・低減を優先する「ミティゲーション・ヒエラルキー※1」の重要性は以前から指摘されてきました。しかし近年は、自然の場所固有性や代替の限界が、TNFDやネイチャーポジティブの議論を通じて、より明示的に重視されるようになっています。
こうした認識の広がりとともに「自然はどこまで代替可能なのか」という問いが、企業の自然関連戦略を考える上でも重要な論点となってきたと言えるでしょう。
近年のネイチャーポジティブは、単に損失と回復を差し引き計算する発想ではなく「自然そのものを回復軌道に乗せること」を重視しています。そのため、どこで影響が発生し、どこで自然が回復するのかという「場所」の視点が重要になります。
この考え方は、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)のLEAPアプローチにおいて、最初のステップが「Locate(場所の特定)」とされていることにも表れています。自然は場所に強く依存するため、企業活動と自然との関係を理解するには、まず影響が生じる場所を把握する必要があるのです。
このように、ノーネットロス、ネットゲイン、ネットポジティブインパクト、そしてネイチャーポジティブは、それぞれ独立した概念であると同時に、生物多様性と企業活動の関係をめぐる議論の発展の中で生まれてきた概念でもあります。
厳密に言えば、これらが単線的に発展してきたというわけではありません。しかし本コラムでは、その変遷を「自然はどこまで代替可能なのか」という問いに対する考え方の変化という観点から整理しています。そう見ることで、生物多様性をめぐる企業の取組みが、単なる損失の補償から、自然そのものの回復を目指す方向へと広がってきた流れを理解しやすくなるからです。
ネイチャーポジティブとは、オフセットを否定する概念ではありません。むしろ「自然の代替可能性には限界がある」という認識の上に立ち、まず回避・保全を優先しながら、単なる相殺や補償にとどまらず、自然そのものを豊かにする事業の在り方を模索する考え方なのです。
※1:ミティゲーション・ヒエラルキー(Mitigation Hierarchy)とは、開発事業や企業活動による生物多様性への負の影響を管理するための優先順位の考え方。まず影響を回避(Avoid)し、回避できない影響を最小化(Minimize)し、残る影響を復元・修復(Restore/Rehabilitate)したうえで、それでも残る影響についてのみ、最後の手段として代償措置(Offset/Compensation)を検討するという段階的なアプローチを指す。生物多様性保全や環境アセスメントにおける基本原則として広く用いられている。
▼自然の代替可能性に対する概念の相違点の一覧
| 概念 | 一言で表すと | 自然の代替可能性に対する考え方 |
|---|---|---|
| No Net Loss (ノーネットロス) | 生物多様性の損失をゼロにする | ミティゲーション・ヒエラルキーを前提とし、適切な条件下で代替を認める考え方 |
| Net Gain (ネットゲイン) | 生物多様性を損失以上に回復する | 上記(ノーネットロス)と同じ考え方 |
| Net Positive Impact (ネットポジティブ インパクト) | 企業活動全体として自然への貢献を損失より大きくする | 個別事業を超えた広域的な改善も視野に入れ、企業全体で正味のプラスを目指す考え方 |
| Nature Positive (ネイチャーポジティブ) | 自然そのものを回復軌道に乗せる | オフセットを否定するものではないが、自然の場所固有性や代替の限界をより重視し、回避・保全を優先する考え方 |
作成:アミタ
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企業がネイチャーポジティブを考えるポイント
しかし「事業が発展するほど自然が豊かになる」ことを実現させる具体的な方法については、なかなかイメージが湧きにくいと考える方が多いと思います。
一般的に分かりやすく取組みやすいのは、多くの企業が自然への対応として選んでいる「負荷の低減化」です。自然や生物の多くは「自ら再生し、拡大する力(レジリエンス)」を備えており、その再生力を超えない範囲まで影響を低減化することができれば自然は自ら回復傾向に向かうため「負荷の低減化」もネイチャーポジティブに通じると言えます。
ただ、この手法では「どこまで影響を低減化すれば、どの生物がどのぐらい回復するのか」という定量的な効果測定や達成目標の設定が難しく、無理に測定してもコストが膨らむばかりで客観的な評価とはいえないものになりがちです。そのため企業の単なるパフォーマンスや「グリーンウォッシュ」に陥りかねないという側面もあります。また、既に自力では回復不能な状況まで追い詰められている絶滅危惧種の生息環境の復元のような課題には「負荷の低減化」だけでは対応できません。
それに対して「事業活動と自然のポジティブな相互関係の構築」に基づくネイチャーポジティブの手法は、よりダイレクトに取組みの効果測定ができるというメリットがあります。負荷低減は、マイナスを小さくする発想になりますが、ネイチャーポジティブは、プラスを大きくする発想です。事業が発展するほど「富をもたらし財を成す」なら分かりやすいですね。では富をもたらし財を成すために不可欠な事業対象は何でしょうか。そう「顧客」です。つまり「自然」を「顧客」に位置づけてビジネスの在り方を考えればよいのです。
これを事業モデルで考えますと、徹底した顧客本位でビジネスを大きく成功させている企業の例としてAmazonがあります。創業当時のAmazonは、Eコマースという相手の顔も見えず商品も手に取れない不確実性の中で利便性や購入機会、低価格戦略という「顧客体験価値」を多層的に打ち出し「多数の顧客が訪問してくる条件」を見極め、その条件を集約化することで確実性を高めていきました。ネイチャーポジティブも「自然がより豊かになる条件」を見極め、その成立条件の再現性の中でビジネスモデルを構築するのです。
とは言え、そうした成立条件を見極めることは容易ではなく、事業活動と自然との接点が簡単に見つかるような業態も限られています。そこでポイントとなるのは、負荷低減の対策とネイチャーポジティブの取組みを両輪で、理想的には一気通貫で考えてみることです。先述したようにネイチャーポジティブは想像がつきにくくても、自社が調達・製造・流通・消費のサプライチェーンを通じて自然に与えている負荷には思い至りやすいものです。負荷について多角的に捉え「マイナスを小さくする」に留まらず「マイナスをプラスに転じる」まで思考を拡げると、ネイチャーポジティブが捉えやすくなるでしょう。
企業のネイチャーポジティブの取組み方法と事例
日本でもネイチャーポジティブの概念は広がりはじめたものの、まだそれ自体を目標に始められた事例は多くありません。しかしネイチャーポジティブの要素を含んでいる既存の取組み事例は少なくありませんので、その内容や手法についてご紹介します。
1.ビオファクトリー
まずは工場にて生物多様性の保全再生を行う「ビオファクトリー」について紹介します。工場周辺の生物多様性を保護する活動は以前から多くの企業が取組みを進めてきています。しかし、従来よりも、さらに踏み込んだネイチャーポジティブの取組みを「ビオファクトリー」と呼び、以下に解説していきます。
製造業の工場敷地が生物多様性の保全再生の理想的な舞台になり得ることは以前のコラムでも紹介していますが、工場の敷地を活用する場合のメリットは次の2つでした。
▼生物多様性保全・再生に工場敷地を活用するメリット
| ・閉鎖的な管理地であることから、侵略的な外来生物の進入や持ち込み等を排除した在来生物の生息地保全のステージとなり得る ・工場排水を利用したビオトープ等で地域の絶滅危惧種や希少淡水魚の保護増殖や遺伝子プールの舞台になり得る |
こうした特性から、地域の生物多様性と原風景を計画的に再生・保全することができるというものです。しかし、この手法は「工場の直接操業(とくに製造工程)と自然のポジティブな相互関係」とまでは言い切れないものでした。一方、ビオファクトリーの手法では「工場の直接操業」と「絶滅危惧種の生息環境の再生」を、よりダイレクトに結びつけることを目指します。
絶滅の危機に追い込まれる生きものの現状
ビオファクトリーの取組みについて一例を挙げるとすれば、地下水を利用した湧水生態系再現型のビオトープの創出があります。地下水資源が豊富な地域では、多くの工場が工業用水や公的水道よりも安価に水資源を調達できる自家水用の地下水ポンプを備えています。ところが、この地下水利用が多くの生きものたちを絶滅の危機に追い込んできた側面があります。
日本の水辺に暮らす絶滅危惧種の多くは、湧水環境に依存して暮らしています。これらの生物種の多くは氷河期の遺存種で、氷河期の寒冷な水温を生息条件としています。間氷期(温暖期)の現在は、平野部に残された湧水地帯の冷たい水の中でしか生きられません。かつて関東平野の湧水地に広く生息していたムサシトミヨという冷水性の淡水魚は、現在はただ一カ所、かつて養鱒場だった施設が動力ポンプで汲み上げている地下水の余剰水流が流れる市街地の小川でのみ生息しています。こうした氷河期の遺存種が姿を消していった主な原因が、川底などから自噴して豊富な冷水を提供していた湧水環境の劣化や消滅です。高度成長期以降、地下水を大量に使用する工場群の操業が、地下水脈から自噴する天然の湧水量を減少させ、湧水生態系の生きものたちを追い詰めていったことは否めません。
降水量が豊富な日本で操業する企業は、例えばCDPの水セキュリティ報告でもそれほど苦労はしてこなかったかと思います。世界的にも環境基準が厳しい国内の水関連法を順守していることさえ的確にアピールすれば、相応に高いスコア獲得も可能でした。しかし、地下水利用が多くの湧水生態系の生物種を危機に陥れてきた負の側面は、完全な盲点になっているのです。
大量に地下水を汲み上げて操業する工場は、それだけ周辺環境の湧水量を奪ってきたと言えます。しかし、汲み上げた地下水を冷水状態のまま敷地内のビオトープに、それも従来の排水利用型の溜め池式ビオトープではなく、細い水路型のビオトープに流すなどしてから操業に利用すれば、そこは冷水性の動植物の生息環境となり、失われた湧水生態系の再生の場となります。考えようによっては地下水の汲み上げ量が多ければ多いほど(事業活動が発展すればするほど)、再生された湧水生態系は豊かになるのです。このような逆転の発想で「事業活動と自然のポジティブな相互関係」が構築可能になるわけです。
ビオファクトリーの取組み事例
●旭化成株式会社 ビオトープを活用した淡水魚の保全
旭化成株式会社の滋賀県守山工場で操業に用いる汲み上げ地下水を利用したビオトープが挙げられます。ここではムサシトミヨと同じく冷水を好むトゲウオ類であるハリヨという絶滅危惧種の保全に取り組んでいます。このように従来の工場ビオトープとは異なり、直接操業そのものが自然再興につながるような取組み、即ち「ビオファクトリー」の創出は、今後の多くの製造業にとって重要な選択肢になると思います。
2.リジェネラティブ農業(アグロフォレストリー)
ネイチャーポジティブの有力な手法として注目されているものとして「リジェネラティブ農業」(環境再生型農業、再生型農業)があります。リジェネラティブ農業とは、農産物の生産を通じて生物多様性を再生していく取組みです。その中で、近年特に注目されているリジェネラティブ農業の手法が「アグロフォレストリー」です。これは農業(Agriculture)と林業(Forestry)を組み合わせた造語で、同じ区画内で複数の作物や果樹を植えたり農作物を栽培したり家畜を放牧したりする農法です。
ゴムやパーム、カカオにコーヒー、果物類など、主に熱帯地方からの農産物の多くは大規模な単一栽培方式のプランテーションで生産されています。農地造成のために多様な動植物や先住民が暮らす熱帯雨林が切り開かれたり、単一栽培による土壌の劣化(地力低下や土壌浸食)を招いたりするだけでなく、収穫期の繁忙集中による児童労働なども問題になっています。
これに対してアグロフォレストリーは、多数種の農産物(果樹や畑作物等)の組合せで豊かな生態系を生み出すことができるとされており、既に多くの地域で活用されています。
リジェネラティブ農業の取組み事例
●株式会社明治:アグロフォレストリーでできたミルクチョコレート
明治は、ミルクチョコレートで使用するカカオと一緒に、森の生態系に伴ってバナナやコショウなどの苗を植え、先に高い木が成長をして日陰を作ることでカカオを育ちやすくしています。
▼株式会社明治のアグロフォレストリーの取組み

(出典:株式会社明治)
●横浜ゴム株式会社:アグロフォレストリーの農園から調達する天然ゴム
横浜ゴムは、天然ゴム農園でアグロフォレストリーの農法を取り入れることにより、ゴムの木が若く収穫ができない時期や、相場により天然ゴムの価格が大きく変動した際に天然ゴム農家の収入の安定化に寄与できるようにしています。また、他の植物を植えることによって、葉の落ちるタイミングにより懸念される土の乾燥や病気を防ぐことにもつながっています。
▼ 左:単一栽培の天然ゴム農園 右:アグロフォレストリーの農園

(出典:横浜ゴム株式会社)
このように複合型の農林業(アグロフォレストリー)はネイチャーポジティブの手法として有効なのですが、従来型のプランテーションから原料調達をしている状態からアグロフォレストリーの導入を図る場合は、サプライヤーへのキャパシティビルディング(ノウハウとスキルの構築支援)が求められます。その際に必要になるのが、異業種の企業が連携した調達体制を構築して生産者を支援することです。パームを利用する洗剤メーカーやゴムを利用するタイヤメーカー、カカオ等を利用する菓子メーカー、生鮮果物類を利用する流通業等が連携し、生産者に技術導入とマーケティングのサポートをしなければ、プランテーションをアグロフォレストリーに転換することはできません。多種多様な産物を生産するアグロフォレストリーの普及拡大には、多種多様な業態の企業連携が不可欠になるのです。
企業の事業活動と自然との接点について
ここまで挙げてきた原料調達に伴うリジェネラティブ農業やビオファクトリー以外でも、事業活動と自然の接点には様々なものがあります。
例えば、自然改変を伴う事業活動おいても「改変される側の自然」との接点があります。従来は開発により改変される自然を別の場所で代償する「オフセット」という手法が行われてきましたが、TNFDをはじめとするグローバルイニシアティブのスタンスは原則として「開発地域以外での代償をネイチャーポジティブには含めない」という方針を掲げています。必ずしも全てのオフセットを否定するわけではありませんが、この方針の傾向は将来的に強まることが予想されます。
ここまでいくつかの業態におけるネイチャーポジティブの事例を紹介してきました。しかし原料調達でも工場敷地でも自然との接点が見えにくく、自然を改変する開発事業の予定もなく「事業活動と自然との接点」を見出すことに苦労されている企業も多いかと思います。先述したように、自社だけでなくサプライチェーン全体で及ぼしている影響に目を向けるや、調達しているエネルギーや、社員食堂や社内生協がある場合は、その食材(とくに主食としての米や小麦)といった接点もあります。
「企業の食料・エネルギー自給戦略が導くネイチャーポジティブ」については、本編後半のコラムにて解説させて頂いていますので、ぜひご一読ください。
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企業活動が生物多様性におよぼす影響の把握やリスク分析には高度な専門性と多くの時間が必要であり、具体的な進め方に悩む企業が多いのが現状です。
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サービス詳細はネイチャーポジティブ戦略/生物多様性戦略をご覧ください。

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執筆者情報
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ほんだ きよし
本多 清
アミタ株式会社 社会デザイン事業部
環境ジャーナリスト(ペンネーム/多田実)を経て現職。自然再生事業、農林水産業の持続的展開、野生動物の保全等を専門とする。著書に『境界線上の動物たち』(小学館)など多数。
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